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## 派遣の人妻と慰安旅行：第4弾

梅雨の湿った空気が肌にまとわりつくような、じめじめとした初夏だった。細川沙織、35歳。大学卒業後、正社員の職に就いたものの、人間関係の複雑さと、評価されない毎日に疲れ果て、数年前に派遣社員に転身した。以来、いくつかの部署を渡り歩き、今は都内のIT企業で事務の仕事をしている。契約社員という響きに惹かれて選んだ道だったが、実態は派遣と大差ない。いつ契約が切れるか分からない不安と、社内での立場の弱さは、常に沙織の心の片隅に重くのしかかっていた。

そんな沙織にも、ささやかな楽しみがあった。それは、同じ派遣先で働く同僚たちとのランチタイムや、時折開かれる飲み会だ。中でも、沙織が特に心を開いていたのは、同じく30代の人妻である、佐藤恵子と山田明美だった。恵子は、夫の転勤でこの土地に来ており、子育てと両立しながら働いていた。明美は、専業主婦からパートタイムで働き始めたばかりで、家事の合間に息抜きを求めていた。

「ねぇ、沙織さん、恵子さん。今度、会社から慰安旅行に誘われているんだけど、どうかな？」

ある日のランチタイム、明美が興奮した声で切り出した。

「慰安旅行？派遣社員も行けるんですか？」恵子が目を丸くする。

「そうみたい！社員旅行の余興っていうか、派遣の私たちにも日頃の感謝を込めて、っていう建前らしいんだけど。社員さんは一部負担らしいけど、私たち派遣は全額会社負担で、しかもお小遣いまで出るんだって！」

明美の言葉に、沙織も恵子も目を輝かせた。会社からの慰安旅行なんて、派遣社員である自分たちには無縁だと思っていたからだ。

「どこに行くんですか？」沙織が尋ねる。

「それがね、なんと温泉旅行なんだって！しかも、ちょっと高級な温泉旅館で、夕食には豪華な懐石料理も出るらしいわよ。」

「温泉旅行！いいですねぇ。最近、全然リラックスできてなかったから、ちょうどいいかも。」恵子が嬉しそうに頷く。

「でも、ちょっと心配なのは、社員さんたちとの付き合い方かな。私たち、派遣だから、どう接したらいいのか、いつも迷うんだよね。」沙織が不安げに呟く。

「大丈夫よ、沙織さん。社員さんも、私たちのこと、対等に扱ってくれてるじゃない。それに、この旅行で仲良くなれるチャンスかもよ？」明美が励ますように言った。

こうして、派遣社員である沙織、恵子、明美の3人は、慰安旅行に参加することになった。旅行当日、沙織は少し緊張しながらも、期待に胸を膨らませていた。バスに乗り込むと、そこには顔見知りの社員たちが何人かいた。沙織は、恵子と明美の隣に座り、窓の外の景色を眺めながら、これから始まる旅に思いを馳せていた。

バスは順調に進み、予定通り温泉旅館に到着した。旅館は、想像以上に立派で、美しい庭園が広がっていた。部屋に案内され、浴衣に着替えると、沙織は気分転換になった。

夕食は、広間で行われた。豪華な懐石料理が並び、社員たちもリラックスした様子で談笑していた。沙織は、恵子と明美と隣り合わせになり、会話に花を咲かせた。社員の中には、沙織たちが派遣社員であることを意識することなく、親しく話しかけてくれる人もいた。

「細川さん、このお刺身、美味しいでしょう？この旅館の自慢らしいですよ。」

「ええ、本当に美味しいです！ありがとうございます。」

沙織は、普段の職場で味わうことのない、温かい雰囲気に心地よさを感じていた。しかし、夜が更けるにつれて、会話は次第にくだけたものになっていった。特に、男性社員たちの間の酒量が増えるにつれて、話題もエスカレートしていった。

「いや～、仕事のストレス解消には、こうやってパーッと飲んで、パーッと遊ぶのが一番だよな！」

「そうだそうだ！俺なんて、最近妻に相手にされなくてさ。こうやって、若い子と話してると、元気が出てくるんだよ。」

その「若い子」という言葉に、沙織は少し眉をひそめた。恵子と明美も、顔を見合わせて、微妙な表情を浮かべていた。

「でも、派遣社員って、なんかこう、気軽に手を出せちゃうっていうか？いつでも切れるんだから、ちょっとした息抜きにちょうどいいんじゃないの？」

突然、一人の男性社員が、場違いな言葉を口にした。その言葉に、沙織は息を飲んだ。恵子と明美も、固まったように身動きが取れなくなっていた。

「え、いや、それは…」

誰かが、慌ててフォローしようとしたが、その男性社員は止まらなかった。

「だってさ、正規社員と違って、そんなに問題にならないだろ？ま、俺はそういうつもりはないけどさ。でも、そういう風に思ってる奴もいるんじゃないの？俺たちの『慰安』のためには、都合がいいんだろ？」

その言葉は、まるで空気を凍らせるかのようだった。沙織は、この場にいるのが耐えられなくなった。社員たちの視線が、自分たち派遣社員に集まっているような気がして、居心地が悪かった。

「私、ちょっと気分が悪くなったので、部屋に戻ります。」

沙織は、無理に笑顔を作って席を立った。恵子と明美も、それに続いた。部屋に戻ると、3人は沈黙した。

「ひどいね、あの人。」恵子が、かすれた声で言った。

「本当に。私たちが、そんな風に思われてるなんて、信じられない。」明美も、目に涙を浮かべていた。

沙織は、窓の外の暗闇を見つめていた。派遣社員という立場。いつでも「切れる」存在。だからこそ、人間関係も、尊厳も、二の次でいいのか？その男性社員の言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。

「でも、沙織さん、あの人だけじゃないよ。確かに、あの言葉はひどかったけど、私たちに優しくしてくれた社員さんもいたじゃない。」恵子が、慰めるように言った。

「そうだよ。それに、私たちだって、この旅行を楽しみにしていたんだもん。こんなことで、台無しにするわけにはいかないよ。」明美も、必死に笑顔を作った。

沙織は、恵子と明美の顔を見た。彼女たちも、同じような不安と、そしてそれでも前を向こうとする強さを秘めているのだと感じた。

「そうだね。私たちは、ただの派遣社員じゃない。私たちだって、一人の人間だもんね。」

沙織は、心の中でそう誓った。

その夜、慰安旅行の流出映像という形で、この夜の出来事が世間に広まることになる。しかし、その映像には、男性社員の心無い言葉だけでなく、沙織たちが、それでも人間としての尊厳を保とうと努める姿も映し出されていたのかもしれない。

派遣社員という立場は、確かに不遇な面もある。いつ契約が切れるか分からない不安、社員との立場の違い。しかし、その状況にあっても、人間は尊厳を失わない。そして、同じ境遇にいる仲間と支え合うことで、困難を乗り越えていくことができる。

慰安旅行は、派遣社員である沙織たちにとって、楽しい思い出になるはずだった。しかし、そこには、社会の構造的な問題と、人間関係の複雑さが、生々しく浮き彫りにされた。

「いつでも“切れる”からこそ、ちょっとのつまみ食いはOKとでも思っているのか？」

あの男性社員の言葉は、冷徹な現実を突きつけていた。しかし、沙織は、それに屈するわけにはいかなかった。彼女たちの「慰安」は、誰かの欲望を満たすためのものではない。それは、自分たちの人生を、自分たちの手で、より良く生きていくための、かけがえのない時間なのだから。

翌朝、沙織は、恵子と明美と共に、旅館を後にした。バスに乗り込むと、昨日とは少し違った空気が流れていた。昨夜の出来事を、皆が意識しているのかもしれない。しかし、沙織の心には、以前のような漠然とした不安だけでなく、小さな、しかし確かな決意が芽生えていた。

派遣社員であること、人妻であること、それらの属性に縛られず、一人の人間として、自分らしく生きていく。そんな、ささやかで、しかし力強い決意が。