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## 禁断の果実

東條健一は、大学時代からの付き合いで、結婚して十年になる妻、美咲を心から愛していた。彼女の笑顔は太陽のようであり、その声は彼にとって何よりも心地よい音楽だった。二人の間には、幼い娘のさくらがおり、健一は家族三人で築き上げる穏やかな日常に、満ち足りた幸福を感じていた。

しかし、その幸福は、まるで砂上の楼閣のごとく、脆く崩れ去ろうとしていた。

事の発端は、些細な違和感だった。最近、美咲の様子がどこかおかしい。帰宅時間が遅くなることが増え、スマートフォンを肌身離さず持ち歩き、健一の視線を避けるように操作する。以前は、健一の仕事の愚痴に耳を傾け、優しく励ましてくれた彼女が、最近は上の空で、心ここにあらずといった様子だった。

「美咲、最近忙しいのか？」
ある晩、健一は勇気を出して尋ねた。

美咲は、一瞬ビクッと肩を震わせ、作り笑顔を浮かべた。
「ううん、別に。ちょっと友達との付き合いがね…」
その返答は、どこかぎこちなく、健一の胸に小さな不安の種を蒔いた。

その不安は、やがて確信へと変わる。ある日、健一は仕事で早めに帰宅した。リビングのドアがわずかに開いており、中から聞き慣れない男性の声が聞こえてくる。そして、その声に混じる、美咲の喘ぎ声。

「や、やめて…っ…！」
「大丈夫だ、すぐに終わるから…」
「でも…健一さんが…」

健一は、足がすくむのを感じた。信じられない光景が、彼の頭の中で渦巻いた。愛する妻が、自分のいない間に、他の男の腕に抱かれている。しかも、抵抗しているかのような、しかしどこか諦めと、それ以上の響きを帯びた声。

「…っ、あ…！」

その声に、健一は耐えきれず、ドアを強く押し開けた。

部屋の中にいたのは、見知らぬ男と、そして、衣服が乱れ、普段の凛とした姿からは想像もできないほど乱れた美咲だった。彼女の顔は紅潮し、瞳は潤んでいた。健一の姿を認め、美咲は息を呑み、その表情は恐怖と混乱に歪んだ。

「美咲！？」
健一の声は、震えていた。

男は、悠然と美咲から離れた。その顔には、侮蔑ともとれる笑みが浮かんでいた。
「ほう、旦那さんか。タイミングが悪いな」
男は、まるで邪魔が入ったかのように、忌々しげな声で言った。

「貴様…！何をしているんだ！」
健一は、怒りに身を震わせながら、男に詰め寄った。

「何って、妻と愛を育んでいたんだが？君こそ、何をしている？」
男は、悪びれる様子もなく、飄々とした態度で言い返した。

美咲は、床に崩れ落ちるように座り込み、顔を両手で覆った。すすり泣く声が、健一の耳に痛く響いた。

「美咲…なぜ…」
健一は、美咲に問いかけようとしたが、言葉にならなかった。目の前で繰り広げられている現実が、あまりにも非現実的で、受け入れがたいものだったからだ。

男は、健一の肩を軽く叩いた。
「ま、俺はもう行くよ。奥さんは、君がうまく慰めてやってくれ」
そう言って、男は悠然と部屋を出て行った。

健一は、その場に立ち尽くした。部屋には、美咲のすすり泣く声だけが響いていた。
「美咲…」
健一は、震える声で妻の名前を呼んだ。

美咲は、ゆっくりと顔を上げた。その顔には、罪悪感、後悔、そして、拭いきれない悲しみが浮かんでいた。
「ごめんなさい…健一さん…ごめんなさい…」
彼女は、涙ながらに謝罪を繰り返した。

「なぜ…どうしてこんなことに…」
健一は、ようやく絞り出すように言った。

美咲は、顔を伏せたまま、震える声で語り始めた。
「最初は、ほんの些細なことだったの…。友達との集まりで、昔の恋人に偶然会ってしまって…」
彼女の話は、健一が抱いていた不安を、さらに深い闇へと突き落とした。

美咲は、かつて健一と付き合う前に、情熱的な恋をしていた相手がいたのだという。しかし、その恋は、諸事情で破局。それ以来、彼女は健一と穏やかな家庭を築き、その過去を封印していた。

「でも、その人、すごく私を求めてくれて…。健一さんといる時とは違う、強引な迫り方だったんだけど…断りきれなくて…」
美咲の声は、次第に虚ろになっていった。

「最初は、ただの気の迷いだったの。でも、一度、その快楽を知ってしまったら…止められなくなってしまって…」
彼女の言葉は、健一の心を深く抉った。信じていた妻が、自分との関係に満たされない何かを感じ、他の男に溺れていった。その事実が、容赦なく健一に突きつけられた。

「そして…その男は、私があなたと結婚していることを知っていたの。だから…」
美咲は、言葉に詰まった。

「だから、何？」
健一は、冷たい声で問い詰めた。

「あなたに、私を奪われた…って、私を犯すように仕向けてきたの…」
美咲は、顔を上げずに、か細い声で言った。

健一は、耳を疑った。それは、あまりにも歪んだ、理解不能な論理だった。
「何を言っているんだ…？」

「最初は、嫌だった…。でも、その男は、私をすごく翻弄したの…。あなたがいながら、他の男に身体を奪われるっていう、背徳感…。それに、抵抗すればするほど、私の中の何かが、熱くなっていくのを感じて…」
美咲は、まるで夢遊病者のように、震える言葉で続けた。

「そして、あなたがいる前で、その男に犯されるっていう、一番いけないことを…私が望んでいるような感覚になってしまって…」
彼女は、絞り殺すような声で、絶望的な告白を続けた。

健一は、その場に膝をついた。全身から力が抜け、まるで地面に吸い込まれるような感覚だった。妻が、自分の目の前で、他の男に犯されることを望んでいた？しかも、その背徳感に酔いしれていた？

「やめてくれ…そんなこと…」
健一は、現実から逃れるように、耳を塞いだ。

「でも、もう、止められないの…。その男は、私に…あなたとの関係を壊すように、もっともっと、私を欲しがるの…」
美咲の言葉は、健一の心をさらに深く凍てつかせた。

「そして、その男は、私に…あなたの友達や、近所の人たちとも、関係を持つように…あなたに、私を寝取られたって、あなたに絶望してほしいって…」
美咲の言葉は、もはや健一の理解の範疇を超えていた。

「健一さん…ごめんなさい…もう、私…」
美咲は、泣き崩れた。

健一は、ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。信じていた妻が、まさか、このような闇に堕ちてしまうとは…。そして、その罪悪感と背徳感に、自ら囚われてしまうとは…。

「やってはいけないことは、止められない…」
美咲が、虚ろな目で呟いた言葉が、健一の耳に重く響いた。

それは、健一にとって、想像もしていなかった、地獄のような現実の幕開けだった。妻の背徳的な快楽、そして、それに翻弄される自分自身の無力感。これからも、一体、どんな屈辱的な光景が、彼の目に焼き付けられるのだろうか。

健一は、ただ、目の前で泣き続ける妻を見つめることしかできなかった。彼の心には、深い絶望と、そして、理解不能な妻の行動への、拭いきれない恐怖だけが残っていた。最高の寝取られ、という言葉が、彼の心の中で、歪んだ笑みと共に、不気味に反響していた。