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## 白百合は朱に染まる

夜の帳が下りた銀座。煌びやかなネオンがアスファルトを照らし、高級車が静かに走り抜けていく。その一台、漆黒のベントレーの後部座席に、男は一人、グラスを傾けていた。

男の名は、神崎 怜司。若くしてIT企業を立ち上げ、一代で財を成したやり手だ。整った顔立ちに自信を湛えた微笑みを浮かべ、隙のないスーツを身に纏っている。今夜の彼は、普段の怜悧なビジネスマンの顔とは少し違う。胸の奥に、退屈と渇望が渦巻いていた。

「そろそろ時間ですね」

運転席の男が声をかける。怜司はグラスを置き、薄く笑った。

「ああ、楽しみだ」

今夜のターゲットは、白百合のような女性。高貴で清楚、そして何よりも手の届かない存在。そんな女性を、己の腕で堕とす。それが怜司にとって、至上の愉悦だった。

今夜の舞台は、会員制の高級ラウンジ。紹介制で、一見さんお断りの場所だ。怜司は特別なコネを使って、今夜、この場所への入店を許された。

ラウンジの扉が開かれる。重厚な木の香りと、微かに漂う高級な香水の匂いが鼻腔をくすぐる。薄暗い照明の中、上品な音楽が静かに流れ、男女がそれぞれにグラスを傾けている。

怜司はすぐにターゲットを見つけた。奥まったソファに、一人の女性が座っていた。

深緑色のドレスを身に纏い、肩まで伸ばした艶やかな黒髪。吸い込まれるような深い瞳。完璧なまでに美しい容姿の女性は、まるで絵画から抜け出してきたかのようだった。彼女こそ、怜司が探し求めていた「白百合」だった。

女性は一人、静かにグラスを傾けていた。その姿は、周囲の喧騒とは隔絶された、まるで孤高の美を湛えているようだった。

怜司は迷わず彼女に近づいた。

「こんばんは。美しい夜ですね」

怜司は流暢なフランス語で話しかけた。女性は少し驚いたように顔を上げ、同じくフランス語で答えた。

「ええ、そうですね」

その声は、鈴の音のように美しかった。

「私は神崎と申します。もし差し支えなければ、少しだけお話させて頂けませんか？」

怜司は紳士的に微笑み、丁寧に頭を下げた。女性は少し躊躇した後、小さく頷いた。

「構いませんわ。私は、真奈美と申します」

怜司は真奈美の隣に腰を下ろし、会話を始めた。真奈美は物静かで、控えめな女性だった。しかし、会話を重ねるうちに、彼女の中に秘められた知性と教養が垣間見えてきた。

怜司は巧みな話術で、真奈美の心を解きほぐしていった。彼は自分の仕事について、海外旅行の思い出、そして芸術に対する情熱を語った。真奈美は興味深そうに耳を傾け、時折、質問を投げかけた。

会話は弾み、二人の距離は少しずつ縮まっていく。怜司はさりげなく真奈美の手を取り、そっと握りしめた。真奈美は一瞬、驚いたように身を固くしたが、すぐに抵抗をやめた。

怜司は真奈美の瞳をまっすぐに見つめ、囁くように言った。

「あなたは、とても美しい」

真奈美は頬を赤らめ、視線を逸らした。その様子を見た怜司は、確信した。今夜、彼女は手に入る。

怜司は真奈美をエスコートし、ラウンジを後にした。外には、漆黒のベントレーが待っていた。怜司は真奈美を助手席に押し込み、自らハンドルを握った。

「どこへ行くの？」

真奈美は不安げな表情で尋ねた。

「少し、ドライブに行こう」

怜司は意味深な笑みを浮かべ、アクセルを踏み込んだ。

車は夜の街を走り抜け、人通りの少ない海岸線へと向かった。月明かりだけが、海面を照らし出している。怜司は車を停め、エンジンを切った。

車内は静寂に包まれた。波の音だけが、かすかに聞こえてくる。

「綺麗ね…」

真奈美は窓の外を見つめ、呟いた。

「あなたの方が、もっと綺麗だ」

怜司は真奈美の肩を抱き寄せ、顔を近づけた。真奈美は抵抗することなく、怜司の唇を受け入れた。

熱いキスが交わされる。怜司は真奈美のドレスをゆっくりと脱がせていった。真奈美は目を閉じ、されるがままに身を委ねた。

やがて、二人は裸身を重ね合わせ、激しく抱き合った。怜司は真奈美の肌に口づけを落とし、甘い言葉を囁いた。真奈美は喘ぎ声を上げ、恍惚とした表情を浮かべた。

「いや…ダメ…」

真奈美はか細い声で抵抗したが、その声は熱い吐息にかき消された。

怜司は真奈美の体を貪るように愛撫し、ついに、その奥へと侵入した。真奈美は激しく身を震わせ、絶頂へと達した。

夜が明けた。

太陽が海面を照らし、キラキラと輝いている。怜司は隣で眠る真奈美を見つめ、満足げに微笑んだ。昨夜の激情は嘘のように、彼女は無垢な寝顔を晒している。

怜司は真奈美の髪を優しく撫で、静かに車を降りた。

車に戻り、怜司はタバコに火をつけた。煙を吐き出しながら、彼は昨夜の出来事を思い返していた。

真奈美は、確かに美しかった。しかし、彼女は怜司が想像していた「白百合」ではなかった。彼女は、ただの寂しい女性だった。

怜司は少しだけ、落胆した。

今まで、何人もの女性を堕としてきた。高貴な令嬢、才能溢れるアーティスト、そして、誰もが憧れる女優。彼女たちは皆、最初は抵抗したが、最後には怜司の魅力に屈服した。

しかし、誰も怜司の心の奥底まで届くことはなかった。彼が求めているのは、肉体的な快楽だけではない。心の繋がり、魂の共鳴。そんなものを、彼は求めていた。

タバコを吸い終え、怜司は再びハンドルを握った。次のターゲットを探しに、彼は夜の街へと繰り出すだろう。

しかし、彼の心には、拭いきれない虚しさが残った。

数日後、怜司の元に、真奈美から一通の手紙が届いた。

「昨夜は、ありがとうございました。あなたは、私の人生を変えてくれました。私は、もう一人ではありません。あなたのことを、決して忘れません」

怜司は手紙を読み終え、苦笑した。彼女は、まだ何もわかっていない。

怜司は手紙を丸めてゴミ箱に捨て、次のターゲットを探し始めた。

彼の心は、まだ満たされない。白百合は、まだ朱に染まっていない。

しかし、いつか、本当に心を通わせられる女性に出会えるかもしれない。

そんな希望を抱きながら、怜司は今日も、夜の街を彷徨う。