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## 白薔薇の棘

静謐な空気が満ちる会員制ラウンジ。シャンデリアの光が、グラスの中で琥珀色に揺れる液体を妖しく輝かせている。私は、その光景を横目に、ターゲットの女性、美咲に視線を固定した。

美咲は、その名にふさわしく、まるで白薔薇のような女性だった。透き通るような白い肌、凛とした佇まい、そして、どこか憂いを帯びた瞳。ハイブランドのドレスを上品に着こなし、完璧な微笑みを浮かべている。隣には、見るからに仕事中毒といった風貌の夫が座り、スマートフォンから目を離さない。

私は、セレブ専門のナンパ師として名を馳せていた。目的はただ一つ、高嶺の花を咲かせること。美咲のような女性こそ、私の腕の見せ所だった。

「おや、こんな素敵な女性が一人でいらっしゃるなんて、珍しいですね」

私は、完璧なタイミングで、完璧な笑顔で、美咲に話しかけた。夫は、相変わらずスマートフォンに夢中だ。

「主人が少し仕事で立て込んでおりまして。私は、ただ待っているだけなんです」

美咲の声は、鈴を転がすように美しかった。

「それは、お気の毒に。もしよろしければ、少しだけお相手させて頂けませんか？素敵な女性を退屈させておくのは、罪なことですから」

美咲は、一瞬躊躇したが、すぐに微笑みを浮かべた。

「少しだけなら、構いませんわ」

そこから、私の言葉巧みな誘導が始まった。美咲の趣味、興味のあること、そして、夫との馴れ初め。私は、まるで優秀なカウンセラーのように、彼女の心を開いていった。

美咲は、名門大学を卒業後、すぐに現在の夫と結婚したらしい。夫は、一代で大企業を築き上げたやり手実業家。彼女は、彼の成功を支え、完璧な妻として社交界で活躍してきた。

しかし、話を聞くうちに、彼女の心の奥底に潜む孤独が見え隠れするようになった。夫は仕事ばかりで、彼女との時間はほとんどない。彼女は、物質的には満たされているが、精神的には渇望していた。

「…なんだか、あなたとお話していると、昔の自分を思い出します」

美咲は、少し寂しそうに微笑んだ。

「昔の自分、ですか？」

「ええ。夢や希望に満ち溢れていた、あの頃の私です」

私は、その言葉を聞き逃さなかった。彼女の心の隙間を埋めるのは、今しかない。

「もしよろしければ、今度、少しだけ時間をもらえませんか？あなたの夢や希望を、もう一度思い出させてあげたいんです」

美咲は、しばらく考え込んだ後、小さな声で答えた。

「…いいかもしれませんね」

数日後、私は、美咲を高級ホテルのスイートルームに誘った。窓からは、煌びやかな夜景が広がり、まるで宝石箱をひっくり返したかのようだ。

「こんな素敵な場所に連れてきて頂いて、ありがとうございます」

美咲は、少し緊張した面持ちで言った。

「どういたしまして。今日は、あなたに、最高の夜をプレゼントします」

私は、ワインをグラスに注ぎ、美咲に差し出した。グラスを傾けながら、彼女の瞳を見つめる。

「美咲さん、あなたは、本当に美しい。まるで、夜空に輝く星のようだ」

美咲は、少し頬を赤らめた。

「そんな…」

私は、ゆっくりと彼女に近づき、その華奢な肩に手を触れた。

「あなたは、もっと自由になるべきだ。あなたの美しさは、もっと輝きを増すべきだ」

美咲は、私の言葉に、少しずつ引き込まれていく。彼女の瞳は、私を求め、私の言葉を信じようとしていた。

「私は…」

「大丈夫。何も心配することはない。私は、あなたを傷つけたりしない。ただ、あなたの心の奥底にある、本当の感情を解放したいだけだ」

私は、彼女の唇に、そっと自分の唇を重ねた。美咲は、最初は抵抗したが、すぐに私のキスを受け入れた。その瞬間、彼女の心のダムが決壊したように、激しい感情が溢れ出した。

その夜、美咲は、まるで別人になったかのように、情熱的に私を求めた。彼女は、夫には見せることのない、隠された欲望を解放した。

「…もう、離さないで」

美咲は、涙ながらに私に囁いた。

私は、彼女を優しく抱きしめ、その背中を撫でた。

「大丈夫。私は、ずっとあなたのそばにいる」

数日後、美咲から連絡があった。彼女は、離婚を決意したという。

「あなたのおかげで、私は、本当の自分を見つけることができました。もう、偽りの仮面を被って生きるのは嫌なんです」

私は、美咲の決意を祝福した。

「あなたは、きっと幸せになれる。私は、そう信じています」

しかし、私は、美咲の幸せを本当に願っているのだろうか？

私が求めていたのは、高嶺の花を咲かせることだけだったはずだ。美咲の心を開き、彼女の欲望を解放し、彼女を自分のものにすること。それが、私の目的だった。

しかし、美咲と過ごした時間は、私の心を揺さぶった。彼女の純粋さ、彼女の美しさ、そして、彼女の心の奥底に潜む孤独。それらは、私自身の心の奥底に眠っていた感情を呼び覚ました。

私は、美咲を利用しただけなのだろうか？それとも、彼女の人生を変えるきっかけを与えたのだろうか？

答えは、まだ分からない。しかし、私は、美咲と出会ったことで、自分の生き方を見つめ直すことになった。

私は、これからもセレブ専門のナンパ師として生きていくのだろうか？それとも、別の道を歩むのだろうか？

未来は、まだ白紙だ。しかし、私は、美咲と出会ったことで、その白紙に、新しい可能性を描き始めることができるかもしれない。

私は、グラスに残ったワインを飲み干し、夜景を見つめた。遠くの街の灯りが、まるで星のように輝いている。

私は、その光に希望を託し、新しい一歩を踏み出すことを決意した。

白薔薇の棘は、私の心に深く突き刺さった。しかし、その棘は、私を成長させるための、痛みを伴う贈り物だったのかもしれない。