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## 黄昏色のダンスフロア

開店直後のダンスホールは、まだ客足もまばらだった。午後の陽光がステンドグラスを透かし、埃っぽい空気に虹色の模様を描き出している。フロアの隅にあるベルベットのソファに、男は深々と腰掛けていた。

名前は亮太。30代半ば、広告代理店勤務。連日の残業で疲弊した顔には、微かに焦燥の色が滲んでいる。今日の彼は、いつものスーツ姿ではなく、洗いざらしのTシャツにジーンズというラフな格好だった。

彼は、スマホの画面を何度も確認していた。表示されているのは、怪しげなアダルトサイトの広告。そこに書かれていたキャッチコピーが、数日前から頭から離れない。「ガチンコ中出し！顔出し！熟女ナンパ」。

亮太は、決して性的に奔放なタイプではなかった。むしろ、女性に対して奥手で、恋愛経験も少ない方だ。しかし、ここ最近、彼は漠然とした焦燥感に苛まれていた。仕事はルーティンワークの繰り返し、プライベートも特に変化はなく、ただ時間が過ぎていくような感覚。そんな日常に、何か刺激が欲しいと心のどこかで思っていたのかもしれない。

広告のコピーは、彼のそんな心理に妙に引っかかった。熟女という言葉の響き、そして「欲求不満な熟女ならではのガッツキFUCK」という露骨な表現。彼は、その言葉に嫌悪感を抱きながらも、同時に、抗えない好奇心を刺激されていた。

彼は、広告をクリックすることはなかった。ただ、その言葉が頭の片隅にこびりつき、まるで悪魔の囁きのように、彼を誘惑し続けていた。

そして今日、彼は衝動的にこのダンスホールに足を運んだ。インターネットで「熟女　ダンス」と検索して見つけた、少し寂れた雰囲気の店だ。彼は、何かを期待しているのか、それとも、ただ現実逃避したいだけなのか、自分でもよくわからなかった。

しばらくすると、フロアに音楽が流れ始めた。懐かしいディスコサウンドだ。徐々に客も増え始め、踊り出す人たちも現れ始めた。

亮太は、場違いな場所にいるような気がして、ますます居心地が悪くなった。周囲を見渡すと、確かに年配の女性客が多い。しかし、彼女たちは皆、楽しそうに踊っており、とても「欲求不満」な様子には見えなかった。

彼は、再びスマホを取り出し、広告のコピーを読み返した。その時、彼の視界に、一人の女性が飛び込んできた。

彼女は、他の客とは少し違っていた。深い皺が刻まれた顔には、しかし、年齢を感じさせない凛とした美しさがあった。黒いワンピースを身にまとい、優雅な身のこなしで踊っている。彼女の動きは、まるで熟練したダンサーのようだった。

亮太は、その女性から目が離せなくなった。彼女の踊りには、喜びと悲しみ、そして、人生の深みが込められているように感じられた。

しばらく見ていると、彼女は音楽に合わせてステップを踏みながら、こちらに近づいてきた。そして、亮太の目の前で足を止め、微笑みかけた。

「踊りませんか？」

彼女の声は、優しく、そして、どこか寂しげだった。亮太は、動揺しながらも、頷いた。

彼女は、亮太の手を取り、フロアに引き込んだ。音楽に合わせて、彼女は亮太にステップを教え始めた。最初は戸惑っていた亮太も、次第に彼女のリードに合わせて踊れるようになっていった。

二人は、言葉を交わすこともなく、ただ音楽に合わせて踊り続けた。亮太は、彼女の温かい手に触れているうちに、心が安らいでいくのを感じた。

踊り終えると、彼女は再び微笑みかけた。

「楽しかったわ」

「あ、ありがとうございます」

亮太は、緊張しながらも、そう答えた。

「私、ユキコって言うの」

「亮太です」

二人は、簡単な自己紹介を交わした。

「亮太さんは、今日初めていらっしゃったの？」

「はい。あの、実は…」

亮太は、言い淀んだ。広告のコピーについて話すべきか、それとも、黙っておくべきか。彼は、迷っていた。

ユキコは、亮太の様子を察したのか、優しく微笑んだ。

「無理に話さなくてもいいのよ。でも、もし何か悩みがあるなら、いつでも話してくださいね」

その言葉に、亮太は救われたような気がした。彼は、ユキコに、最近の自分の気持ちを正直に話した。仕事のこと、将来のこと、そして、漠然とした焦燥感のこと。

ユキコは、亮太の話を静かに聞いていた。そして、話し終えると、彼女は優しく語り始めた。

「私も、若い頃は、色々なことに悩んだわ。でも、人生って、山あり谷ありなのよね。良いこともあれば、悪いこともある。大切なのは、どんな時も、自分自身を大切にすること。そして、目の前のことを一生懸命に生きることよ」

彼女の言葉は、亮太の心に深く響いた。彼は、自分が何を求めていたのか、ようやく理解した。彼は、刺激的なセックスを求めていたのではなく、誰かと心を通わせ、温かい言葉をかけてもらいたかったのだ。

二人は、その後も、音楽に合わせて踊り続けた。ダンスホールには、黄昏色の光が差し込み、幻想的な雰囲気に包まれていた。

踊り終えると、ユキコは、亮太に別れを告げた。

「また、いつでも来てくださいね」

亮太は、ユキコに深々と頭を下げた。

「ありがとうございました」

彼は、ダンスホールを後にした。外に出ると、夕焼けが空を茜色に染めていた。彼は、深呼吸をした。そして、心の中で、ユキコに感謝した。

彼は、アダルトサイトの広告のことは、もう忘れていた。彼は、今日、人生で一番大切なものを手に入れたのだ。それは、刺激的なセックスではなく、心温まる出会いだった。そして、彼は、明日から、新しい気持ちで、人生を歩んでいけるだろう。

黄昏色のダンスフロアで、彼は、人生の新たな一歩を踏み出した。