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## 夕焼け色の誘惑

「また今日も空振りか…」

スマホの画面を見ながら、僕は小さくため息をついた。旅先のマッチングアプリは、東京にいる時以上に反応が悪い。せっかく静岡まで来たのに、このままではただの観光客だ。

僕は、自称「旅人風恋愛研究家」の佐竹啓介。肩書きは大げさだが、やっていることはただのナンパだ。ただし、僕には独自の哲学がある。それは、旅先での出会いこそが、最高の恋愛に繋がるということ。見知らぬ土地の開放感、日常からの解放、そして何よりも、「一期一会」という言葉の重み。これらが全て、出会いを特別なものに変えるのだと信じている。

ただ、現実は甘くない。特に最近は、警戒心の強い女性が増えた。声をかけるだけで露骨に嫌な顔をされることも珍しくない。何か、根本的にやり方を変える必要があるのかもしれない。

そんなことを考えながら、僕は静岡の街をぶらついていた。夕焼けが空をオレンジ色に染め、遠くには富士山がシルエットで浮かび上がっている。美しい景色に少し心が癒された。

その時、目の前に小さな和菓子屋さんが見えた。ショーケースには、美味しそうな団子やお饅頭が並んでいる。店先には、エプロン姿の女性が立っていた。年は30代後半くらいだろうか。明るい笑顔が印象的だ。

ふと、僕は、あることを思いついた。そうだ、あれを試してみよう。以前、ネットで見かけた、ナンパ師の裏技みたいなものだ。

深呼吸をして、僕は女性に話しかけた。

「すみません、少しお尋ねしてもよろしいですか？」

女性は笑顔でこちらを向いた。「はい、なんでしょう？」

「実は、今日静岡に来たばかりで、美味しい食事ができる場所を探しているんです。もし、この辺りでオススメのお店があったら教えていただけないでしょうか？」

女性は少し考えた後、「そうですね…。この近くでしたら、『魚河岸寿司』さんが新鮮な魚介類を使ったお寿司が美味しいですよ。あと、少し歩きますが、『茶房 楽』さんのお抹茶パフェも絶品です」と教えてくれた。

僕は、内心ガッツポーズをした。まずは第一段階クリアだ。

「ありがとうございます！すごく参考になります。ぜひ行ってみようと思います。あの…もしよろしければ、お礼に一緒にお食事でもどうですか？ お話を聞けたお礼と言ってはなんですが…」

女性は少し驚いた表情を見せた後、頬を赤らめて言った。「え…いいんですか？ でも、お店番をしないといけないので…」

「大丈夫ですよ。少しの時間だけでも構いません。それに、もしお店が混んでいたら、僕がお手伝いしますよ。簡単なことならできますから」

僕は、必死に誠意を込めてそう言った。女性は少し迷った後、「…わかりました。少しだけなら」と頷いてくれた。

作戦成功だ！

こうして、僕は、和菓子屋の女将、ユキさんと一緒に『魚河岸寿司』に向かうことになった。

寿司屋では、ユキさんのオススメの地元の日本酒を飲みながら、美味しいお寿司を堪能した。ユキさんは、地元の話や和菓子屋の苦労話など、色々な話をしてくれた。僕は、興味深く話を聞きながら、時折ジョークを交えてユキさんを笑わせた。

ユキさんは、僕のことをただの観光客だと思っていたようだが、話しているうちに、僕の旅好きや恋愛観に興味を持つようになった。

食事の後、僕はユキさんを和菓子屋まで送り届けた。店先で、僕はユキさんに言った。「今日は本当にありがとうございました。おかげで、静岡の素敵な思い出ができました」

ユキさんは、照れくさそうに笑って言った。「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。また、いつでもお店に寄ってくださいね」

僕は、ユキさんに連絡先を交換してもらい、別れた。

数日後、僕は、ユキさんからメッセージを受け取った。「あの後、少し寂しくなってしまって…もし時間があれば、またお会いできませんか？」

僕は、すぐに返信した。「ぜひ、お会いしたいです！ いつでも都合の良い日を教えてください」

こうして、僕は、ユキさんとデートを重ねるようになった。ユキさんは、明るくて優しくて、一緒にいると心が安らぐ女性だった。僕は、ユキさんと一緒にいる時間が、何よりも幸せだった。

しかし、僕は、あることに気づいていた。ユキさんは、結婚していたのだ。旦那さんは、漁師をしていて、ほとんど家にいないらしい。ユキさんは、寂しさを紛らわせるために、僕と会っていたのだ。

僕は、ユキさんの気持ちも理解できた。でも、僕は、割り切った関係を続けることはできなかった。僕は、本気でユキさんのことを好きになってしまっていたのだ。

ある日、僕は、ユキさんに言った。「ユキさん、僕は、ユキさんのことが好きです。でも、このままの関係を続けることはできません」

ユキさんは、涙を流して言った。「私も、啓介さんのことが好き。でも、私は、妻としての責任があるの…」

僕は、ユキさんを抱きしめて言った。「わかっています。でも、僕は、ユキさんの幸せを願っています」

僕たちは、お互いを愛しているのに、一緒にはいられないという現実を前に、別れることを決意した。

別れ際、ユキさんは、僕に言った。「啓介さん、私のこと、忘れないでくださいね」

僕は、ユキさんの手を握って言った。「絶対に忘れません。ユキさんは、僕にとって、かけがえのない人です」

僕は、静岡を後にした。夕焼けが空を染め、遠くには富士山がシルエットで浮かび上がっている。美しい景色を見ながら、僕は、ユキさんのことを思った。

今回の旅は、これまでとは全く違うものになった。確かに、肉体的な関係はなかった。しかし、僕は、ユキさんとの出会いを通して、恋愛の本質に触れることができた。

恋愛は、ただの遊びではない。それは、心と心の触れ合いであり、魂の共鳴なのだ。

僕は、これからも旅を続けるだろう。そして、いつか、ユキさんのような、心から愛せる人と出会えることを信じて。

そして、あのナンパ術は、もう二度と使わないだろう。なぜなら、本当の出会いは、テクニックではなく、心の扉を開くことから始まるのだから。

夕焼け色の空の下、僕は、新たな旅立ちを決意した。