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**注意：この小説には性的な描写が含まれています。**

タイトル：覗き穴の向こう側

薄暗い部屋で、男はモニターに釘付けになっていた。無機質な光が彼の顔を青白く照らし出し、目の下の隈をより一層深く見せている。部屋にはタバコの煙が澱のように漂い、安物のコーヒーの苦い匂いが鼻をついた。彼は、プログラムの締め切りに追われるSEでも、株価の変動に一喜一憂するトレーダーでもなかった。彼の仕事は、もっと陰鬱で、そしてある意味で、もっと人間臭いものだった。

彼は、映像の編集者だった。

正確に言えば、アダルトビデオの編集者だ。しかし、彼が扱うのは、巷に溢れるようなモデルを使った作り込まれたものではなかった。彼が編集するのは、盗撮された、あるいは隠しカメラで撮影された、一般の人々の性行為の記録だった。

その日、彼に与えられたのは、粗いノイズが混じった、複数の映像ファイルだった。フォルダには「素人SEXドキュメント」という、ぞっとするようなタイトルが付けられていた。彼はため息をつき、ヘッドホンを装着した。この仕事に就いてから、もう数年になる。最初は嫌悪感と好奇心が入り混じっていたが、今ではただの作業になっていた。

最初の映像は、若いカップルのものだった。大学生だろうか、狭いワンルームで、ぎこちなく、しかし熱心に抱き合っている。カメラの存在に気づいていない二人は、無邪気な笑顔を交わし、愛し合う。彼は、映像を一時停止した。若い女性の顔に、うっすらと見覚えがあった。以前、近所のスーパーで見かけたことがあるような気がした。彼は、複雑な気持ちになった。彼らのプライバシーを、こうして覗き見ることが、正しいことなのだろうか。

次の映像は、中年夫婦のものだった。倦怠期を迎えているのか、二人の間にはどこかぎこちない空気が漂っている。しかし、肌が触れ合ううちに、かつての情熱が蘇ってくる。彼は、映像を早送りした。彼らには、彼らの人生があり、物語がある。それを、こうして切り取って、商品にしてしまうことに、彼は深い罪悪感を覚えた。

最後の映像は、年配の夫婦のものだった。互いの体を労わるように触れ合い、ゆっくりと愛を確かめ合う。彼らの間には、長い年月をかけて培われた信頼と愛情があった。彼は、映像を最後まで見届けた。彼らの姿を見て、彼は、自分の孤独を痛感した。

彼は、編集作業を進めた。映像からノイズを取り除き、見やすいように明るさを調整し、効果音を加える。淡々と、機械的に。彼は、自分の感情を押し殺した。もし感情移入してしまったら、この仕事は続けられないだろう。

彼は、映像を編集しながら、様々なことを考えた。人間の欲望、愛、孤独、そして、倫理。彼は、自分が一体何をしているのだろうか、と自問自答した。

夜が更け、彼はようやく編集作業を終えた。彼は、モニターの電源を切り、部屋の明かりをつけた。薄暗かった部屋が、急に明るくなった。彼は、椅子から立ち上がり、窓の外を見た。夜空には、星が瞬いていた。

彼は、タバコに火をつけた。深く吸い込み、煙を吐き出した。煙は、夜空に溶けていった。

彼は、自分の人生について考えた。彼は、一体何のために生きているのだろうか。彼は、誰かを愛したことがあるのだろうか。彼は、誰かに愛されたことがあるのだろうか。

彼は、自分の人生に、光を見出すことができるのだろうか。

数日後、彼は会社に呼び出された。上司から、新しいプロジェクトについて説明を受けるためだった。

「今度、新しいシリーズを始めることになったんだ」
上司は、ニヤニヤしながら言った。

「どんな？」
彼は、興味なさげに尋ねた。

「有名人のプライベート映像だよ」
上司は、さらにニヤニヤした。

彼は、ぞっとした。有名人のプライバシーを侵害することは、さらに倫理的に問題がある。彼は、この仕事を辞めるべきなのかもしれない、と思った。

しかし、彼は、何も言わなかった。彼は、ただ、頷いただけだった。

彼は、自分の人生を変えることができるのだろうか。

彼は、覗き穴の向こう側に、何を見出すのだろうか。

彼は、まだ、何も知らない。

（終）