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## 桜色の仮面の下

春の陽光が、窓ガラス越しに淡く部屋を満たしていた。壁には繊細な花柄の壁紙、床には柔らかなペルシャ絨毯。置かれた調度品はどれも上品で、まるで絵画から抜け出してきたかのような静謐な空間だった。その中心に座っていたのは、優美な曲線を描くソファに身を沈めた、白皙の肌を持つ女性。結われた黒髪は漆黒の絹糸のように艶やかで、伏せられた睫毛が影を落とす大きな瞳は、まるで静かな湖面のようだった。彼女の名は、佐倉 綾乃。近所の者たちの間では、「佐倉さん」と呼ばれるだけで、その清楚で上品な美しさがすぐに想起されるほどの、誰もが憧れる理想の女性だった。

「綾乃ちゃん、おはよう！」

元気な声とともに、ドアが開いた。入ってきたのは、綾乃の幼馴染であり、大学時代の友人でもある、佐々木 咲良。咲良は綾乃とは対照的に、明るく華やかな雰囲気の女性だった。ショートカットの髪は陽光を浴びてキラキラと輝き、その瞳は悪戯っぽく爛々と輝いていた。

「あら、咲良。早いじゃない」

綾乃はゆっくりと顔を上げ、微笑みかけた。その微笑みもまた、上品で、咲良の心を和ませる。

「だって、今日は綾乃ちゃんと久しぶりにショッピングに行く日だもん！ 楽しみで、朝早く起きちゃった」

咲良はソファの横に腰を下ろし、綾乃の顔を覗き込んだ。

「それにしても、綾乃ちゃんは何度見ても綺麗だね。その清楚さ、本当に憧れるよ」

咲良の言葉に、綾乃は小さく笑った。

「そんなことないわ。咲良こそ、いつも元気で眩しいくらいだもの」

二人の会話は、穏やかな日常の風景そのものだった。しかし、この清楚で上品な仮面の下に、綾乃が隠し持つ、もう一つの顔があることを、咲良は知っていた。いや、咲良だけではない。綾乃の熱烈なファンであり、彼女の魅力を誰よりも理解している男たちは、皆、その秘密の扉の向こう側を、熱望していた。

綾乃は、その圧倒的な美貌と、誰に対しても分け隔てなく接する穏やかな性格で、多くの人々を魅了していた。しかし、ひとたび親密な関係になると、その奔放で情熱的な一面が剥き出しになる。彼女は、セックスを心から愛し、自らの欲望に正直だった。そのギャップは、あまりにも激しく、そしてあまりにも魅力的だった。

「ねぇ、綾乃ちゃん。今夜、誰か予定ある？」

咲良が唐突に尋ねた。綾乃は少しだけ目を丸くしたが、すぐにいつもの上品な微笑みに戻した。

「いいえ、特に何も。どうして？」

「実はね、大学時代のサークルの先輩で、すごくクールで知的な人なんだけど、彼が綾乃ちゃんに興味あるみたいで。今夜、みんなで集まるんだけど、綾乃ちゃんも来ない？」

咲良は、得意の悪戯っぽい笑顔を浮かべた。綾乃は、咲良の言葉の裏にある意図を察した。咲良は、綾乃の隠された魅力を知る数少ない友人であり、時折、綾乃を「刺激」するために、こうした場を設けることがあった。

「あら、そう。でも、私、あまりそういう集まりは得意じゃないのだけれど…」

綾乃は、上品な物腰で断る姿勢を見せた。しかし、その瞳の奥には、微かに期待の色が宿っているのを、咲良は見逃さなかった。

「大丈夫だって！ みんな、きっと綾乃ちゃんの魅力にメロメロになるよ。それに、その先輩、結構タイプじゃない？」

咲良は、綾乃の耳元で囁いた。綾乃は、咲良の煽りに、小さく息を漏らした。確かに、咲良が言うように、その先輩は彼女の好みに合致する雰囲気を纏っていた。

「…仕方ないわね。でも、あまり遅くまでいないわよ」

結局、綾乃はその誘いを受け入れた。咲良は、ほくそ笑んだ。彼女は、綾乃の「清楚な仮面」が、いかに脆く、そしていかに早く剥がれるかを知っていたからだ。

夜、指定されたバーは、落ち着いた照明と、洗練された内装で、大人の雰囲気を醸し出していた。綾乃は、シンプルな黒のワンピースに身を包んでいた。その控えめな装いでありながら、彼女の醸し出す気品と、微かに肌が透けるような薄手の素材は、見る者を釘付けにした。

「綾乃さん、お待ちしていました」

咲良に連れられて席に着いた綾乃に、一人の男性が声をかけた。それが、咲良が言っていた先輩、高橋 蓮だった。高橋は、期待通りのクールで知的な雰囲気を持っており、その鋭い視線が綾乃を捉えた。

「佐倉 綾乃です。お招きいただき、ありがとうございます」

綾乃は、丁寧な言葉遣いで挨拶した。高橋は、綾乃のその上品な物腰に、ますます興味を惹かれているようだった。

「こちらこそ、お越しいただき光栄です。咲良から、君のことを聞いていました。彼女曰く、君は…」

高橋は、言葉を区切り、綾乃の瞳をじっと見つめた。その視線は、まるで彼女の深淵を覗き込もうとしているかのようだった。

「…とても、魅力的な女性だと」

その言葉に、綾乃は微かに微笑んだ。そして、期待に応えるかのように、その口元に、さらに魅惑的な笑みを浮かべた。

「まあ、どうでしょう。私のような者が、高橋さんのような方に、そう言っていただけるなんて」

その声は、先ほどの丁寧な響きとは異なり、どこか甘く、男性の心をくすぐるような響きを持っていた。高橋の瞳に、一瞬、戸惑いと、そして更なる好奇心が宿った。

宴は、和やかな雰囲気で進んだ。綾乃は、適度に会話に参加し、その場を盛り上げた。しかし、彼女の本来の目的は、この集まりで、誰か「特別な」相手を見つけることでもあった。そして、その「特別な」相手は、いつも、彼女の周囲に現れるのだった。

「佐倉さん、少しお話しませんか？」

集まりも終盤に差し掛かった頃、高橋が綾乃に声をかけた。綾乃は、咲良に軽く視線を送り、微笑んで頷いた。

「ええ、喜んで」

二人は、バーの片隅にある、少し落ち着いたソファ席に移った。照明はさらに落とされ、二人の間に、親密な空気が流れ始めた。

「佐倉さん、君は、思っていた以上に、素敵な女性だ」

高橋は、ストレートに綾乃の心に語りかけた。綾乃は、その率直さに、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます。高橋さんも、とても魅力的です」

「君の、その…透明感と、そして、その内側から滲み出る情熱は、何だろうか…」

高橋は、綾乃の瞳を見つめながら、言葉を探していた。綾乃は、その言葉を待っていたかのように、ゆっくりと、しかし大胆に、高橋の手に触れた。

「情熱、ですか…」

綾乃の声は、さらに甘く、低くなった。その声色に、高橋の喉が微かに鳴った。

「君は、自分をどう思っていますか？」

高橋の質問に、綾乃は少しだけ、悪戯っぽく笑った。

「私、ですか？ 私は、とても…正直な人間ですよ」

「正直、ね…」

「ええ。自分の気持ちに、嘘はつけないんです。特に、この…」

綾乃は、そっと自身の胸元に手を当てた。その仕草は、あまりにも自然で、そしてあまりにも官能的だった。高橋の視線が、その胸元に釘付けになった。

「…この、鼓動が、高鳴ったら、もう、止められないんです」

綾乃の言葉は、まるで呪文のようだった。高橋は、これまで経験したことのない、強烈な魅力を感じていた。清楚で上品な仮面の下に隠された、燃えるような炎。それは、彼を抗いがたい力で引きつけた。

「佐倉さん…君は、一体…」

高橋が言葉を続けようとしたその時、綾乃は、すっと立ち上がった。

「さ、そろそろ、お開きにしましょうか。明日は、早いので」

綾乃は、いつもの上品な物腰に戻っていた。しかし、その瞳の奥には、先ほどとは違う、燃えるような熱が宿っていた。高橋は、綾乃の突然の行動に戸惑いながらも、彼女の言葉に逆らうことができなかった。

「…ええ、そうですね。では、また…」

高橋は、名残惜しそうに綾乃を見送った。綾乃は、バーを出ると、夜の冷たい空気を吸い込み、小さく息を吐いた。

（まったく…次から次へと、面倒な…）

心の中では、そんなことを思いながらも、綾乃の口元には、満足げな笑みが浮かんでいた。彼女は、この「清楚な仮面」と「情熱的な本性」のギャップこそが、自分を最も輝かせる魔法だと知っていた。

「綾乃ちゃん、お疲れ様！」

バーの前で待っていた咲良が、綾乃に駆け寄ってきた。

「あの子、どうだった？ 高橋先輩、結構いい線いってたんじゃない？」

咲良は、期待に満ちた目で綾乃を見た。

「まあ、悪くはなかったわね。でも、私の求めるものとは、少し違ったかな」

綾乃は、あっさりとそう答えた。咲良は、目を丸くした。

「えー！ あの高橋先輩が、ダメだったの？ 綾乃ちゃん、本当に手ごわいね～」

「手ごわい、というよりは、私、自分が何を求めているか、よく分かっているだけよ」

綾乃は、夜空を見上げた。その澄んだ瞳には、星明りが映し出されていた。

（彼らが、私のこの魅力を、どう思おうと、私には関係ない。だって、私は、私自身を、誰よりも愛しているのだから）

綾乃は、この「清楚で上品な雰囲気」と、「実はヤリマン」というギャップこそが、自分を最も魅力的に見せていると確信していた。そして、このギャップに魅せられ、彼女の甘い罠に落ちる男たちは、後を絶たなかった。彼女は、その圧倒的なイイ女としての自信を胸に、今日もまた、新たな夜へと歩み出すのだった。彼女の「そんなにセックス好きすぎて大丈夫？」という問いは、彼女自身が、自分に投げかける、永遠の問いかけだったのかもしれない。そして、その答えは、彼女の欲望が満たされる限り、決して見つかることはないだろう。