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## タイトル：雨上がりの教室、紫陽花の誘惑

雨上がりの午後の教室。湿気を帯びた空気が窓から流れ込み、古い木の匂いを運んでくる。美術部の部室には、私、水沢 雫と、一つ年下の後輩、藤宮 茜の二人だけだった。茜は、画用紙に向かい、真剣な眼差しで紫陽花を描いている。その集中した横顔が、光を受けて柔らかく輝いていた。

茜は、控えめで、いつも少し遠慮がちな子だ。困っている人を見ると放っておけない、優しい心の持ち主。そんな彼女の優しさに、いつからか私は特別な感情を抱くようになっていた。それは、単なる先輩後輩の情というよりも、もっと深く、複雑な感情だった。

「茜ちゃん、すごい集中力だね。もうすぐ完成？」

声をかけると、茜は驚いたように顔を上げた。

「あ、雫先輩。もう少しです。先輩の描かれた紫陽花も、すごく綺麗でしたね…！」

茜は、照れたように微笑んだ。彼女の瞳は、いつもどこか不安げで、守ってあげたくなるような儚さを持っている。

「ありがとう。茜ちゃんの紫陽花も、すごく繊細で綺麗だよ。色使いが、本当に茜ちゃんらしい」

私は、茜の隣の椅子に腰掛けた。二人の間には、まだ少し距離がある。その距離を、今日は少しだけ縮めてみたいと思った。

「ねえ、茜ちゃん。少し休憩しない？ 美味しい紅茶でも淹れようか」

「あ、はい…！ お願いします」

茜は、嬉しそうに頷いた。私は、部室の隅にある古い棚から、ティーセットを取り出した。手際よくお湯を沸かし、紅茶を淹れる。立ち上る湯気と共に、ベルガモットの香りが部室に広がった。

紅茶を淹れながら、私は茜の横顔を盗み見た。頬はほんのり赤く染まり、少し緊張しているようだ。私は、茜に悟られないように、深呼吸をした。

「はい、どうぞ」

私は、茜に紅茶を手渡した。彼女は、両手でカップを受け取り、小さく礼を言った。

「ありがとうございます、先輩」

茜は、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。その姿は、まるで小さな子供のようで、愛らしかった。

「どう？ 美味しい？」

「はい…！ とても美味しいです。なんだか、ホッとします」

茜は、そう言って微笑んだ。その笑顔に、私は胸が締め付けられるような思いがした。

「ねえ、茜ちゃん。実は、ずっと前から思っていたことがあるんだ」

私は、意を決して言った。茜は、紅茶を飲む手を止め、私の顔をじっと見つめた。

「…はい？」

彼女の瞳は、不安と期待が入り混じっているようだった。

「茜ちゃんの絵、本当に綺麗だよね。才能があると思う。特に、色の使い方が、すごく独特で…」

私は、まずは茜の才能を褒め称えた。いきなり核心に触れるのは、あまりにも唐突すぎると思ったからだ。

「ありがとうございます…！ でも、まだまだです。先輩みたいに、もっと自由に、大胆に描けるようになりたいです」

茜は、少し恥ずかしそうに言った。

「茜ちゃんは、茜ちゃんのままでいいんだよ。その繊細さが、茜ちゃんの魅力なんだから」

私は、茜の頬に手を伸ばし、優しく撫でた。彼女は、驚いたように目を丸くした。

「せ、先輩…？」

茜の声は、少し震えていた。私は、彼女の手を握りしめた。

「ねえ、茜ちゃん。私、茜ちゃんのことが…」

言いかけたところで、私は言葉を詰まらせた。うまく言葉にできない。自分の気持ちを、どう伝えればいいのか、わからなかった。

「…私のこと？」

茜は、じっと私の目を見つめていた。彼女の瞳は、まるで深い海の底のように、吸い込まれそうになるほど美しかった。

「うん… 茜ちゃんのことが、すごく大切なんだ。一緒にいると、すごく安心するし、楽しい。茜ちゃんの笑顔を見ると、私もすごく幸せな気持ちになるんだ」

私は、必死に言葉を紡いだ。茜は、黙って私の言葉を聞いていた。

「…先輩、それは…」

茜は、何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。

「茜ちゃんは、どう思ってる？ 私のこと、嫌いじゃない？」

私は、不安を押し殺して尋ねた。茜は、少し戸惑ったように視線を彷徨わせた。

「嫌い… じゃないです。むしろ、尊敬していますし、憧れています。でも…」

茜は、再び言葉を詰まらせた。私は、彼女の手をさらに強く握りしめた。

「でも？ 何か、言いたいことがあるなら、言ってほしい」

私は、茜の目を見つめながら言った。彼女は、覚悟を決めたように、ゆっくりと口を開いた。

「…その、先輩の気持ちは、嬉しいです。でも、私は… そのようなお付き合いをしたことがないので、どうすればいいのか、わかりません」

茜は、顔を赤らめて言った。私は、安堵の息を吐いた。嫌われているわけではない。ただ、戸惑っているだけなのだ。

「大丈夫。ゆっくり、少しずつでいいんだよ。私も、茜ちゃんに無理強いするつもりはない。ただ、茜ちゃんの気持ちを知りたかっただけなんだ」

私は、茜の手を握ったまま、微笑んだ。彼女は、少し安心したように、微笑み返した。

「…ありがとうございます、先輩」

茜は、そう言って、私の手を握り返した。その小さな手が、私の心を温かく包み込んでくれた。

雨上がりの教室。紫陽花の香りが、二人を優しく包み込む。これから、茜との関係がどうなっていくのか、まだわからない。でも、この温かい気持ちを大切に、ゆっくりと、茜との距離を縮めていきたい。

「ねえ、茜ちゃん。よかったら、今度一緒に映画でも見に行かない？ 美術館でもいいし、どこか美味しいお店に行ってもいい。茜ちゃんの行きたいところに、連れて行ってあげる」

私は、茜に提案した。彼女は、少し考えてから、嬉しそうに頷いた。

「…はい、ぜひ。先輩と一緒なら、どこでも嬉しいです」

茜の笑顔に、私の心は満たされた。雨上がりの空に、虹がかかっているようだった。

この物語は、まだ始まったばかりだ。茜との関係が、これからどのように発展していくのか。それは、誰にもわからない。ただ、私は、茜の隣で、その変化を見守り続けたいと願っている。そして、いつか、茜の心を、私の愛で満たしてあげたいと、心から願っている。

雨上がりの教室、紫陽花の誘惑。それは、私と茜にとって、特別な時間のはじまりだった。