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## 秘密の旅路、花咲く蕾

青葉の季節、木漏れ日が窓を優しく撫でる。真由美は、夫・健一の隣で静かに朝食を摂っていた。規則正しく並べられた食器、丁寧な仕草。健一は、真面目で誠実な、誰からも好かれる穏やかな男性だ。結婚して十年、真由美の生活は、波風一つなく、静かに穏やかに流れてきた。彼女自身も、そんな穏やかな日々に満足していた。しかし、ここ最近、心の奥底に、微かな、しかし確かなざわめきが芽生えていた。

きっかけは、友人の沙織からの誘いだった。「ねぇ、真由美。私、一人で温泉旅行に行こうと思って。よかったら一緒に行かない？夫には、友達と行くって言えば大丈夫でしょ？」沙織は、健一とは対照的に、自由奔放で、人生を謳歌する女性だった。真由美は、最初こそ戸惑った。夫に嘘をつくなんて、考えたこともなかった。でも、沙織の瞳に宿る、キラキラとした輝きに、抗いがたい魅力を感じてしまったのだ。「…うん、行く。」その言葉は、自分でも驚くほどすんなりと口から出た。

箱根の山を越え、宿に到着したのは昼過ぎだった。古風で趣のある佇まい。部屋に通されると、窓の外には緑豊かな景色が広がり、遠くにはかすかに山の稜線が見えた。沙織は、早速浴衣に着替え、真由美の肩を軽く叩いた。「さあ、まずは温泉よ！旅の始まりは、やっぱり温泉でしょ！」

湯けむりが立ち込める露天風呂。肌を優しく包み込む硫黄泉の温かさ。真由美は、湯に浸かりながら、ふと、健一のことを思った。彼は今頃、何をしているのだろうか。仕事だろうか。ふと、罪悪感にも似た感情が胸をよぎったが、それ以上に、この解放感と、誰にも知られない秘密の時間が、不思議な興奮を呼び起こしていた。

「ねぇ、真由美。今日の夜、この宿で特別に懐石料理が出るんだって。それに、地元のお酒も豊富に揃ってるらしいわよ。」沙織は、いたずらっぽい笑みを浮かべて言った。「せっかくだから、普段は飲まないようなお酒も、色々試してみない？旅の醍醐味でしょ。」

夕食は、個室の部屋で提供された。次々と運ばれてくる色とりどりの料理。どれも繊細で、手の込んだものばかりだった。そして、勧められるままに、真由美は地酒を口にした。普段、晩酌といえばビールの半分ほどしか飲まない彼女が、その日、人生で初めて、日本酒の奥深さに触れた。フルーティーな香り、まろやかな口当たり。みるみるうちに、体の中から温かさが広がり、頬はほんのりと赤みを帯びてきた。

「真由美、顔が紅くなってるわよ。可愛い！」沙織がからかうように言った。真由美は、顔を隠すように俯いた。こんな風に、誰かに見つめられ、褒められるのは、いつぶりだろうか。健一は、真由美のことを「綺麗だね」なんて、口にはしない。でも、それは悪意ではなく、ただ、二人の間に特別な言葉は必要ない、というような、平穏な関係性の表れなのだと、真由美は思っていた。

しかし、今、この瞬間、真由美は、自分の内側で、何かが変わり始めているのを感じていた。それは、抑えられていた、剥き出しの「女」としての本能だったのかもしれない。

食事が終わり、部屋に戻った二人は、お互いの浴衣姿を眺め合った。沙織は、真由美の艶やかな黒髪を指でなぞりながら言った。「真由美、本当は、すごく綺麗なのよ。もっと、自分を解放していいんだから。」

その夜、真由美は、夫に内緒で、もう一人の自分と出会うことになる。

数日後、真由美は、東京の自宅のベッドで目を覚ました。隣には、いつものように健一が寝息を立てている。昨日までの出来事が、まるで夢だったかのような静けさ。しかし、彼女の心の中は、あの小旅行の記憶で満ち溢れていた。

あの夜、沙織と二人きりになった部屋で、彼女たちはさらに酔いを深めた。そして、沙織は、真由美に、ある提案をした。「ねぇ、真由美。せっかくだから、この旅で、普段できないことをしてみない？例えば…」

沙織が指し示したのは、部屋の片隅にあった、普段なら目に留めることすらなかった、小さなカゴだった。中には、色とりどりのリボンや、シルクのストールが入っていた。

「…何をするの？」真由美が戸惑うと、沙織は、悪戯っぽく微笑んだ。「さあ、試してみて？あなたが、どんな風に変わるか、見てみたいんだもの。」

真由美は、沙織の言葉に導かれるまま、手に取ったのは、鮮やかな緋色のシルクのストールだった。それを、彼女は、自分の首に、そっと巻きつけた。いつもとは違う、肌触りの良さ、そして、その色合いが、自分自身を、いつもと違うものに変えてくれるような気がした。

沙織は、真由美の姿を見て、感嘆の声を漏らした。「すごい！真由美、すごく魅力的よ！」その言葉に、真由美の心臓は、ドキリと跳ねた。

それから、二人は、まるで子供のように、部屋の中でお互いを飾り付け始めた。真由美は、沙織の肩に、真紅のリボンを結んだ。沙織は、真由美の髪に、金色のストールを編み込んだ。普段は、決してしないような、大胆で、どこか子供じみた遊びだった。しかし、そこには、普段の生活では決して味わえない、自由と、背徳感、そして、何よりも、自分自身を解放することの、抗いがたい快楽があった。

真由美は、鏡に映った自分を見た。いつもは、どこか控えめで、おとなしい印象の顔立ちが、その日は、どこか妖艶な輝きを放っていた。頬は上気し、瞳は普段より大きく見えた。それは、彼女自身が、初めて目の当たりにする、もう一人の自分だった。

「ねぇ、真由美。もっと、大胆になってもいいんだよ。」沙織が、真由美の耳元で囁いた。

その言葉に、真由美の身体は、微かに震えた。彼女は、健一の妻であり、真面目な家庭人だった。しかし、この旅で、彼女は、その「貞淑」という衣を、少しずつ脱ぎ捨てていくのかもしれない。

真由美は、窓の外に目をやった。月が、静かに輝いていた。この夜、彼女の心に、新たな感情が灯った。それは、夫に隠された、秘められた欲望。そして、その欲望が、彼女自身を、どこへ連れて行くのか、まだ、彼女自身にも分からなかった。

一泊二日の小旅行は、あっという間に終わった。帰りの車の中で、沙織が言った。「真由美、また行こうね。今度は、もっと、刺激的な旅にしましょう。」真由美は、微笑んだ。その微笑みには、以前にはなかった、秘密の光が宿っていた。

自宅に戻り、いつもの日常に戻った真由美。しかし、彼女の心の中には、あの旅の記憶が、鮮やかに刻み込まれていた。夫の隣で眠りにつく時、彼女は、あの夜の、自分自身の変化を思い出した。それは、決して夫を裏切るためのものではない。ただ、彼女自身の内側で、静かに、しかし力強く芽生えた、一人の女性としての、新しい欲望の始まりだった。

穏やかで控えめだった人妻は、初めての不貞の旅路で、女の本能を露わにした。そして、その体験は、彼女の人生に、静かに、しかし確かな変化をもたらし始めていた。それは、夫に内緒の秘め事。しかし、その秘め事が、彼女の日常に、新たな彩りを与え、抗いがたい快楽へと誘っていく、妖艶な幕開けだった。