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## 湯けむりの残像

日頃の喧騒を離れ、静寂に包まれた山間の温泉旅館。窓の外には、淡い夕暮れの空が広がり、遠くで鳥の鳴き声がかすかに響いていた。静かに流れる時間の中で、私は隣に座る彼女の横顔を見つめていた。

彼女の名前は、佐藤美咲。眼鏡の奥に隠された瞳は、どこか澄んでいて、それでいて底知れない深さを湛えている。初めて会ったはずなのに、不思議と懐かしさを感じさせる、どこにでもいそうな、感じの良い奥さん。それが、彼女に対する第一印象だった。

「お食事、まだですかね？」

ふとした美咲の声に、我に返る。彼女も、私と同じように、この非日常の空間で、現実からほんの少しだけ逃避しているのかもしれない。

「もうすぐだと思いますよ。せっかくだから、この景色を楽しみましょう」

そう言って、私は窓の外に目を向けた。しかし、私の心は、彼女から離れることができなかった。彼女の纏う、ほんのり甘い香水の香りが、私の五感を刺激する。それは、彼女の知的な雰囲気とは裏腹に、どこか官能的な響きを帯びていた。

温泉旅館にチェックインして、二人きりで部屋に通されてから、まだ一時間も経っていない。しかし、この短い時間で、私たちは急速に互いの距離を縮めていた。初対面とは思えないほど、会話は弾み、笑い声が部屋に響いた。それは、まるで昔からの友人であるかのような、自然な流れだった。

夕食は、部屋食だった。温かい料理が運ばれてくるたびに、美咲は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、まるで子供のように純粋で、しかし、その奥には、大人の女性特有の、妖艶な光が宿っていた。

「このお刺身、美味しいですね」

美咲が、箸で刺身を口に運ぶ。その仕草は、洗練されていて、見ているだけで酔いしれてしまいそうだった。私は、彼女の唇が動くのを、ただただ見つめていた。

「〇〇さんも、どうぞ」

美咲が、私の皿に刺身を乗せてくれた。その指先が、私の手に触れる。ほんの一瞬の出来事だったが、その温かさが、私の全身を駆け巡った。

「ありがとうございます」

私は、精一杯平静を装って、彼女の言葉に答えた。しかし、私の心臓は、早鐘のように鳴り響いていた。

食事も終盤に差し掛かり、部屋には静寂が戻ってきた。テーブルの上には、空になった皿と、飲みかけの日本酒。そして、私たちの間に横たわる、言葉にならない緊張感。

「あの、そろそろ、お風呂にでも…」

美咲が、言葉を探すように呟いた。その声は、少しだけ震えているように聞こえた。

「そうですね」

私は、彼女の言葉に同意した。このまま、この緊張感の中で過ごすのは、お互いにとって酷なことだろう。

私たちは、浴衣に着替え、露天風呂へと向かった。湯けむりが立ち込める露天風呂は、幻想的な雰囲気に包まれていた。湯船に身を沈めると、体の芯から温まるのを感じる。

「やっぱり、温泉はいいですね」

美咲が、気持ちよさそうに目を細めた。その表情は、日頃の悩みや疲れを全て洗い流したかのようだ。

「ええ、本当に」

私も、彼女に同意する。しかし、私の意識は、湯けむりの向こうにいる美咲に集中していた。彼女の浴衣が、湯気で肌に貼り付いている。その様子は、いやでも私の想像力を掻き立てる。

私たちは、ほとんど会話をすることなく、ただ湯に浸かっていた。しかし、その無言の時間は、言葉以上に雄弁だった。湯けむりの向こうで、私たちは互いの視線を感じていた。それは、熱を帯びた、欲望の視線だった。

湯から上がり、部屋に戻ると、空気はさらに重くなっていた。二人の間には、もはや隠しきれない熱が充満していた。

「もう、眠る時間ですかね？」

美咲が、私の目をじっと見つめて言った。その瞳の奥には、隠しきれない欲望が燃え盛っていた。

「ええ、そうですね」

私は、彼女の言葉に頷いた。もう、この状況を、これ以上引き延ばすことはできない。

私は、ゆっくりと彼女に近づいた。美咲は、身じろぎもせず、ただ私を見つめている。その瞳は、私を拒むことなく、むしろ、私を求めているかのようだった。

私の手が、彼女の頬に触れる。その肌は、驚くほど柔らかかった。美咲は、目を閉じた。その仕草に、私はさらに心を乱された。

そして、私たちは、唇を重ねた。それは、まるで嵐のように激しく、しかし、どこか甘く、切ないキスだった。彼女の唇から、私を求める声が漏れる。

私たちの体は、自然と絡み合った。浴衣の紐が解け、滑らかな肌が露わになる。湯けむりの向こうで、私たちは互いのぬくもりに一体感を感じていた。それは、初めて会ったはずなのに、まるでずっと前から結ばれていたかのような、不思議な感覚だった。

絡みつく唇、絡みつく脚。私の手は、彼女の体の曲線を描くように、ゆっくりと、しかし大胆に動いていく。美咲は、私の体を強く抱きしめ、喘ぎ声を漏らした。その声は、私の欲望をさらに煽る。

私たちの体は、一つになった。それは、まるで潮が満ちるかのように、力強く、そして情熱的だった。何度も、何度も、私たちは快感の頂点へと達した。あふれ出す愛液が、シーツに染み込んでいく。止まる事を知らないかのような潮吹き。それは、彼女の隠された恐るべき性欲の片鱗だった。

一晩中、私たちは互いを求め合った。朝の光が部屋に差し込む頃には、私たちの体は疲労困憊していたが、心は満たされていた。

しかし、この一泊二日の旅は、私たちに、もう後戻りできない現実をも突きつけていた。部屋に残された、乱れたシーツ、そして、私たちの愛の証であるかのような、熱を帯びた空気。

旅館を出る時、美咲の顔には、かすかな後悔の色が浮かんでいた。しかし、その瞳の奥には、この経験が、彼女の心に深く刻まれた証拠もまた、宿っていた。

私たちは、互いに言葉を交わすことなく、それぞれの日常へと戻っていった。しかし、あの湯けむりの残像は、私の心に鮮明に残っていた。そして、あの夜の彼女の、隠しきれない欲望と、その全てを露わにしたかのような、むき出しの感情は、私の記憶に深く刻み込まれた。

これは、どこにでもいそうな、感じの良い奥さんの、本当は淫らすぎるリアル。そして、一度足を踏み入れてしまえば、もう後戻りできない、禁断の甘美な体験だった。