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「お願い、やめないで…」

潤んだ瞳で、彼女は伸宏の胸に顔を埋めた。細くしなやかな腕が、伸宏の首に絡みつく。まるで、このまま吸い込まれてしまいそうなほど、強く、切実に。

「…でも、ダメなのよ」

伸宏は、彼女の背中に手を回し、優しく撫でた。その指先が触れるたびに、彼女の身体が微かに震えるのが分かる。

「ダメなんて言わないで…」

彼女の声は、掠れ、甘く響いた。彼女の名は、美咲。伸宏の大学時代の友人であり、今は、結婚して家庭を持っていた。そして、伸宏にとって、決して触れてはならない、禁断の果実だった。

過ぎ去った夏。花火の音に紛れて、二人の距離は急速に縮まった。互いの瞳の奥に、隠しきれない想いが燃えているのを、肌で感じていた。あの夜、美咲から放たれた「濡らしてください、心ゆくまで…」という言葉が、伸宏の胸に、火種のようにくすぶっていた。

「美咲…」

伸宏は、彼女の細い顎に指をかけ、顔を上げさせた。露わになった唇が、微かに震えている。その唇に、伸宏は、ゆっくりと、自分の唇を重ねた。

甘い。そして、切ない。禁断の愛が、二人の間で静かに、しかし激しく燃え上がった。

「伸宏…」

彼女の喘ぎが、部屋に響く。伸宏は、彼女の柔らかな肌に、熱い吐息を吹きかけた。結婚指輪が、鈍く光っている。その光が、罪悪感の影を伸宏の心に落とした。

「ごめん…」

彼女の耳元で、伸宏は呟いた。彼女は、何も言わず、ただ伸宏の胸に顔を埋めた。その身体が、さらに伸宏に絡みつく。

「ダメなのよ、こんなこと…」

彼女の声は、もう、かすかに震えているだけだった。伸宏は、彼女の濡れた髪を優しく梳いた。

「分かってる…」

しかし、二人の身体は、もはや理性では制御できなかった。互いの熱が、身体の奥底から湧き上がり、理性という薄い壁を、あっという間に焼き尽くしてしまう。

「伸宏…」

彼女の指先が、伸宏のシャツのボタンに触れた。その指先は、震えていた。伸宏は、彼女の指をそっと掴み、自分の胸に当てた。

「…ダメだ」

伸宏は、自らの意志で、彼女の指を退けた。彼女の瞳が、驚きと、そして、失望の色に揺れる。

「なんで…？」

「…君の旦那さんを、裏切るわけにはいかない」

伸宏の言葉に、美咲の身体が強張った。彼女は、伸宏からそっと離れ、ベッドの端に座り込んだ。

「…そうだよね。私、何を…」

俯く彼女の肩が、微かに震えている。伸宏は、彼女の隣に座り、その肩に手を置いた。

「ごめん。俺も、君を求めてしまった」

彼女は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、涙が溢れていた。

「でも、これで最後なのね」

「…そうなるだろうね」

伸宏の言葉は、彼女の胸に深く突き刺さったようだった。彼女は、伸宏の胸に顔を埋め、声を殺して泣き出した。

伸宏は、ただ、静かに彼女の背中を撫で続けた。この一夜の出来事が、彼女の心に、そして伸宏の心に、どのような影を落とすのか、今はまだ、知る由もなかった。

過ぎ去った夏。カラダに残る、不倫の記憶。それは、甘く、そして、痛い、禁断の果実の味だった。

「…濡らしてください、心ゆくまで…」

あの夜、彼女が漏らした、切ない願い。伸宏は、その願いを、叶えることも、叶えられないことも、知っていた。

朝の光が、部屋に差し込み始めた。美咲は、伸宏の胸から顔を上げ、静かに立ち上がった。

「もう、行かなきゃ」

彼女の声は、かすかに震えていた。伸宏は、何も言わず、ただ彼女を見つめた。

「…ありがとう、伸宏」

彼女は、そう言って、伸宏に微笑みかけた。その微笑みは、どこか悲しげで、そして、切なかった。

美咲が部屋を出て行った後、伸宏は、一人、ベッドの上に座っていた。カラダに残る、彼女の温もり。そして、心に刻まれた、禁断の愛の記憶。

この罪深き一夜は、彼らの人生に、どのような波紋を広げるのだろうか。伸宏は、静かに、窓の外を見つめた。青い空は、変わらず広がっている。しかし、伸宏の世界は、あの夜から、もう、以前とは違うものになってしまったのかもしれなかった。

美咲の瞳の奥に、かつて見た、あの切ない光。それは、伸宏の心にも、深く、深く、刻み込まれていた。

「濡らしてください、心ゆくまで…」

彼女の言葉が、風に乗って、伸宏の耳に蘇る。それは、決して、埋まることのない、心の渇きを、示唆しているかのようだった。