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## 紅葉に濡れる蜜

晩秋の空は、どこか諦めたような、しかしどこか期待に満ちたような、複雑な色合いをしていた。赤や黄金に染まった山々は、まるで燃えるような熱情を秘めているかのようにも見えた。この紅葉の切なさが、私の内なる何かを呼び覚ます。夫の知らない、禁断の旅。それは、私という人間を、家庭の役割から解放し、ただ一人の「女」へと変貌させるための、秘密の儀式だった。

「また来年ね」

夫はそう言って、私の肩に軽く手を置いた。いつもと変わらない、穏やかな愛情表現。しかし、その優しさの奥に、私はどれほどの渇きを隠してきただろう。満たされたはずの日常は、どこか味気ない、色褪せた写真のようだった。そして、秋が深まるにつれて、その色褪せは一層鮮明になり、私を苛んだ。

今回の旅は、SNSで見つけた、あるオフ会がきっかけだった。テーマは「紅葉と癒やしの旅」。そこに集まるのは、私と同じように、日常に疲れた、あるいは何かに飢えた「女たち」だった。主催者は、どこか妖艶な雰囲気を纏う「アキ」と名乗る人物。彼女の投稿には、常に官能的な香りが漂っていた。「失われた女性性を呼び覚ます」「本当の自分に出会う夜」「罪悪感さえも蜜に変える」――そんな言葉に、私は抗うことができなかった。

東京から新幹線を乗り継ぎ、辿り着いたのは、山深い静かな温泉地だった。宿は、都会の喧騒とは無縁の、古民家を改装した趣のある建物。集まったのは、私を含めて10人の女性たち。皆、一見すると地味で、どこか影のある雰囲気だった。しかし、それぞれの瞳の奥には、私と同じような、抑えきれない欲望の光が宿っていた。

初日の夜、暖炉の火が揺れるリビングで、皆が自己紹介を始めた。普段は弁護士、会社員、主婦…それぞれの顔を持つ彼女たちが、ここでは「名前」ではなく、内なる「声」を語り始めた。

「私は、夫に愛されていないわけじゃない。でも、なんだか…満たされないんです」
「毎日、同じことの繰り返し。鏡を見るたび、自分が自分でなくなっていく気がして」
「本当は、もっと…激しく生きたいのかもしれない」

そう語る声は、震えながらも、どこか確かな決意に満ちていた。私も、拙い言葉で、自身の孤独と渇望を吐露した。その瞬間、今まで自分の中に閉じ込めていた何かが、堰を切ったように溢れ出すのを感じた。

アキは、柔らかな声で言った。「皆さん、ようこそ。ここでは、誰にも見せない、本当のあなたでいてください。この紅葉のように、大胆に、そして情熱的に、自分自身を解放するのです」

その夜、私たちは皆で浴衣に着替え、露天風呂へと向かった。月明かりの下、湯気が立ち込める露天風呂に浸かりながら、私たちは、普段は決して口にしないような、秘められた願望を語り合った。誰かの夫への不満、誰かの失われた青春、そして、誰かの「もっと」という渇望。

「ねえ、誰か…私を抱いてくれない？」

ぽつりと漏れた一言が、静寂を破った。それは、誰にも聞かせたくない、しかし誰かに聞かれたい、そんな切実な叫びだった。すると、一人の女性が、ゆっくりと立ち上がった。彼女は、細身で、どこか儚げな雰囲気だったが、その目には強い意志が宿っていた。

「私なら、あなたを抱きたい」

その言葉に、皆が息を呑んだ。そして、まるで合図を交わしたかのように、次々と女性たちが立ち上がり、男性たちの元へと歩み寄った。男性たちは、このオフ会のために、アキが選んだ、色気のある「特別な男たち」だった。彼らは、私たち女性たちの欲望を、淀みなく受け止める準備ができていた。

私の心臓は、激しく高鳴っていた。夫の顔が、一瞬脳裏をよぎった。しかし、それ以上に、抗いがたい興奮が私を支配した。これは、許されないこと。しかし、この瞬間だけは、罪悪感さえも、背徳の甘美な蜜のように感じられた。

私は、一人で部屋に戻った。しかし、すぐにドアをノックされた。現れたのは、オフ会で目があった、彫りの深い顔立ちの男だった。彼は、何も言わず、ただ私を見つめた。その視線に、私はすべての言葉を失った。

部屋の明かりを落とすと、薄明かりの中に、彼の、そして私の、身体が浮かび上がった。温かい指先が、私の肌をなぞる。これまで、夫に触れられたことのない、熱を帯びた感触。それは、私の中に眠っていた、野性的な部分を呼び覚ますようだった。

「名前は？」

囁くような声に、私は自分の名前を告げた。それは、夫にだけ聞かせている、普段の私の名前だった。しかし、この夜、それはもう、私のものではなかった。

「君は、今夜、誰にも知られていない、ただの『女』だ」

彼の言葉は、私の理性を剥ぎ取っていく。私は、抵抗することなく、彼の熱に身を任せた。肌と肌が触れ合う音、熱い吐息、そして、今まで知らなかった、快楽の波。それは、紅葉の鮮やかな色のように、私の内側を赤く染め上げていった。

その夜、私は、自分の中にこんなにも激しい情熱が秘められていたのかと、驚愕した。家族を忘れる、というのは、容易ではなかった。しかし、この背徳の夜は、私に、一時的な解放と、そして、自分自身との再会を与えてくれた。

翌朝、皆が集まったリビングは、昨夜とは打って変わって、どこか落ち着いた空気が流れていた。しかし、それぞれの顔には、隠しきれない、満足感と、そして、ほんの少しの切なさが宿っていた。

「昨夜は…最高だった」
「もう一度、あの夜を体験したい」

そんな声が飛び交う中、アキは静かに微笑んだ。

「また、秋が来たら、会いましょう。そして、あの夜を、あなたたちの心に刻んでおいてください。それは、あなたたちだけが持つ、特別な宝物です」

私は、宿を後にし、夫の待つ家へと向かった。日常は、昨日と何ら変わらない。しかし、私の内側は、確実に変わっていた。紅葉の鮮やかさを、そして、あの夜の熱を、私は忘れることはないだろう。それは、私という人間が、女性として、もう一度息を吹き返した、証だった。

夫の知らない、背徳の旅。それは、切なさの中に、鮮烈な生を感じさせる、私だけの、紅葉に濡れる蜜の味だった。そして、私は知った。たとえ家庭という枠の中にいても、自分だけの「女」としての時間を、大切にすることは、決して間違っていないのだと。秋の切なさは、私に、新しい自分を教えてくれたのだ。