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## 終電、そしてベッドの上の奇跡

「まさか、こんなことになるなんて…」

春日部部長は、自宅のリビングに置かれたソファに沈み込み、ため息を漏らした。昼間は、会社で部下たちに囲まれ、誠実で温厚な上司として慕われている。しかし今、彼は一人の女性、秘書の佐藤美咲と、気まずい沈黙の中にいた。

事の発端は、今夜の懇親会だった。部署を越えた合同の慰安旅行の計画について、議論が白熱し、予定時間を大幅に過ぎてしまったのだ。そして、気づけば終電の時間はとうに過ぎていた。

「部長、本当にすみません。私のせいで…」

美咲は、俯きがちに謝罪する。彼女は入社３年目の、まだ二十代後半の女性だ。聡明で仕事もできるが、どこか儚げで、時折見せる恥じらいが、部下たちの心を掴んでいた。春日部も例外ではなく、彼女の健気さに、いつも以上に仕事へのモチベーションを掻き立てられていた。

「いや、美咲さんのせいじゃないよ。みんな、一生懸命だったからね。それに、こうしてうちに泊まっていくしかない状況になったのは、私にも責任がある」

春日部は、優しく微笑みかけた。しかし、その笑顔の裏には、普段の穏やかさからは想像もつかないような、ある種の決意が宿っていた。いや、決意というよりは、抗いがたい衝動に近いかもしれない。

当初、春日部は美咲をタクシーで帰そうと考えていた。しかし、深夜のタクシーを捕まえるのも容易ではなく、雨も降り始めていた。そんな状況で、見ず知らずの女性を一人で帰らせるわけにはいかなかった。

「しかし、部長のお宅に…」

美咲は、 ancora 躊躇している。彼女は、結婚して３年になる夫がいる。春日部も、妻と小学生の娘がいる。互いに家庭がある以上、この状況は、あまりにも危険な香りがした。

「大丈夫だよ。私の部屋で休んでもらおうか。私はソファで仮眠するから」

春日部は、そう言ってリビングのソファを指差した。しかし、彼の心はすでに、この状況が「仮眠」で終わらないことを予感していた。

「でも、ベッドは一つしかないのに…」

美咲の顔が、ほんのりと赤く染まる。その姿は、春日部の胸を締め付けた。

「まあ、それは…」

春日部は、一瞬言葉に詰まった。それは、彼がずっと抑えつけていた感情が、堰を切ったように溢れ出そうとしていたからだ。

「えっと、部長…もし、もしよかったら、ベッド、ご一緒しても…」

美咲の口から、信じられない言葉が紡ぎ出された。彼女は、春日部の顔を見ようとせず、指先でテーブルの角をなぞっている。その様子は、まるで秘密の告白をする少女のようだった。

「え…？」

春日部は、息を呑んだ。まさか、彼女からそんな提案があるなんて、夢にも思っていなかった。彼女は、いつも「間違いなんて起こりませんよね！？（笑）」と冗談めかして言うことはあっても、それはあくまで冗談だと思っていた。

「いや、あの、その…」

美咲の顔は、さらに赤みを増していく。彼女は、自分で言った言葉に、自分自身が一番驚いているかのようだった。

「美咲さん、本当にいいのかい？」

春日部の声は、少し震えていた。彼は、この状況を「ありえないチャンス」だと感じていた。日頃、誠実さと評判だった自分が、今、禁断の果実に手を伸ばそうとしている。その背徳感と、抑えきれない高揚感が、彼を包み込んでいた。

「はい…」

美咲は、小さく頷いた。その小さな頷きが、春日部の世界をひっくり返した。

「では、部屋に案内するよ」

春日部は、彼女の手を取ろうとして、寸前で止めた。その繊細な仕草に、彼は彼女の戸惑いと、それでも踏み出そうとしている勇気を感じ取っていた。

二人は、静かに寝室へ向かった。部屋は、春日部が普段使っているもので、片付いてはいるものの、どこか生活感のある、男性の部屋だった。ベッドは、確かに一つしかない。

「ここに、どうぞ」

春日部は、ベッドの端を指差した。美咲は、おずおずとベッドに腰を下ろす。その姿は、まるで初めての経験に緊張しているかのようだった。

「あの、部長は…」

「私は、ソファで寝るよ。約束通り」

春日部は、そう言った。しかし、彼の目は、ベッドに座る美咲から離れない。彼女の、膝まであるワンピースの裾から覗く、細い足首。それを想像するだけで、彼の理性が揺らぎ始めていた。

「でも…」

美咲は、何か言おうとして、口を閉ざした。彼女もまた、この状況の異常さを理解していた。そして、彼女自身も、この状況に、ある種の期待を抱いていることを、春日部は感じ取っていた。

「ねえ、美咲さん」

春日部は、彼女の隣にそっと座った。意外にも、彼女は身じろぎもしなかった。

「はい…」

「僕のことを、どう思ってる？」

突然の質問に、美咲は顔を上げた。その瞳には、驚きと、ほんの少しの戸惑いが浮かんでいた。

「部長は…いつも、優しくて、頼りになる、憧れの存在です」

彼女の言葉は、誠実なものだった。しかし、春日部には、そこに隠された別の感情が見え隠れしていた。

「憧れ、か…」

春日部は、静かに彼女の顔を見つめた。雨音だけが響く部屋で、二人の距離は、どんどん縮まっていく。

「ねえ、部長」

美咲が、ぽつりと言った。

「僕も、美咲さんのこと…ずっと、気になっていたんだ」

春日部の言葉は、もう後戻りできない領域に踏み込んでいた。彼は、彼女の瞳の中に、自分と同じような熱を、見つけたような気がした。

「でも、私、既婚者ですし…」

美咲は、それでも、小さな良心を働かせようとした。しかし、その言葉は、あまりにも弱々しかった。

「分かってるよ。だから、これは、ただの、一夜の…」

春日部の言葉は、そこで途切れた。彼は、もう理性で自分を抑えつけることができなかった。彼は、美咲の顔に、ゆっくりと顔を近づけていった。

美咲は、目を閉じた。彼女の頬は、さらに赤く染まっている。彼女は、この展開を、どこかで望んでいたのかもしれない。いや、望んでいたのだ。

春日部の唇が、彼女の唇に触れた。それは、雨音のように静かで、そして、熱を帯びた、初めてのキスだった。

「間違ったことは、しないよ」

春日部は、キスをしながら、彼女の耳元で囁いた。それは、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。しかし、その言葉は、もはや、その場の状況とは、かけ離れたものになっていた。

彼女の身体が、春日部の腕の中で、微かに震える。その震えは、恐怖からか、それとも…

春日部は、美咲のワンピースのボタンに、ゆっくりと手をかけた。それは、まるで、古びた鍵を開けるように、慎重な動作だった。

「部長…」

美咲の声が、かすかに漏れた。その声には、抗う意思は、もう感じられなかった。

春日部は、彼女の柔らかな肌に触れた。それは、想像していた以上に、温かく、そして、滑らかだった。

「大丈夫、大丈夫だから」

春日部は、優しく彼女を抱きしめた。彼の心臓は、激しく高鳴っていた。それは、普段は決して味わうことのない、禁断の果実を味わうかのような、背徳感と興奮だった。

一晩の出来事は、二人の日常を、静かに、しかし確実に、変えていくことになるだろう。それは、本当に「間違い」だったのか、それとも、互いの心に潜んでいた、抑えきれない感情が、導いた、ある種の「奇跡」だったのか…

春日部は、静かに眠る美咲の顔を見つめた。彼女の寝顔は、普段の彼女とはまた違う、無防備で、そして、どこか妖艶な魅力を放っていた。

「明日の朝、どうなるんだろうな…」

春日部は、小さく呟いた。そして、彼は、そのまま、美咲の寝顔を見つめながら、自分も眠りに落ちていった。部屋には、静かな雨音だけが、二人の秘密を、優しく包み込んでいた。