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## 砂時計の夢

潮騒の香りが鼻をくすぐる、鄙びた漁村の小さな大学。文学部に通う二年生の美咲は、都会への憧憬を胸に抱えながら、平凡な毎日を送っていた。大学のミスコンテストに出場する程度の、ちょっとした人気者ではあったが、自身を「田舎娘」と卑下する癖が抜けなかった。

ある日、大学の掲示板に貼られた一枚のポスターが、美咲の目に留まった。「地方創生ドキュメンタリー番組出演者募集！」。東京の有名なテレビ局の名前が大きく書かれ、報酬も破格だった。美咲の心は大きく揺さぶられた。東京への切符、そして自己肯定感を満たすチャンスかもしれない。

数日後、美咲は緊張しながら、大学の会議室で行われたオーディションに参加していた。カメラの放列を前に、自己紹介と特技の朗読を披露した。審査員の一人は、物腰の柔らかい、都会的な雰囲気の女性だった。

「美咲さん、素敵な声ですね。朗読も感情がこもっていて、とても感動しました」

女性は、番組プロデューサーの遠藤と名乗った。その言葉に、美咲は少しだけ自信を持つことができた。

「実は、今回の番組は、地方の魅力を再発見し、若い女性の才能を掘り起こすことを目的としているんです。美咲さんのような、まだ磨かれていない原石を見つけたいと思っています」

遠藤は、美咲の目を真っ直ぐ見つめて言った。その言葉は、美咲の心の奥底に眠っていた「変わりたい」という願望を呼び覚ました。

数日後、美咲は遠藤から電話を受けた。「ぜひ、番組に出演していただきたいんです。美咲さんの魅力を最大限に引き出す企画をご用意しました」

美咲は二つ返事で了承した。夢への第一歩を踏み出したと思った。

撮影当日、美咲は東京のスタジオに到着した。そこは、想像を遥かに超える華やかな世界だった。眩い照明、巨大なカメラ、そして何よりも、洗練されたスタッフたちの姿に圧倒された。

遠藤は、美咲をカリスマメイクアップアーティストのユウコと、スタイリストのケンジに紹介した。ユウコは、美咲の顔を見るなり、「あら、可愛い。でも、もったいないわね。もっと魅力的な自分に出会えるはずよ」と、優しく微笑んだ。

数時間後、鏡に映る自分を見て、美咲は言葉を失った。ユウコの魔法のようなメイクと、ケンジが選んだ都会的な服によって、見違えるほど美しく変身していた。まるで別人のようだった。

「どう？　これが、あなたがずっと隠していた本当の姿よ」

ユウコの言葉に、美咲は涙が止まらなかった。本当に、自分が変われたのだと思った。

撮影は順調に進んだ。美咲は、カメラの前で笑顔を振りまき、都会での生活を夢見て、自分の将来について語った。遠藤は、常に美咲を励まし、自信を持たせてくれた。

しかし、撮影が進むにつれて、美咲は徐々に違和感を覚え始めた。当初の説明とは異なり、番組の内容は、美咲の私生活に深く踏み込むものになっていった。家族のこと、恋愛のこと、そして将来の夢について、事細かに語らされた。

ある日、遠藤は美咲に、新しい企画を提案した。「美咲さんの魅力をさらに引き出すために、イメージビデオを作りたいんです。水着姿で、浜辺を歩いたり、踊ったりするだけの簡単なものです」

美咲は戸惑った。「水着はちょっと…」

「大丈夫よ。あくまでイメージビデオだから。それに、美咲さんの美しさを表現するには、水着が一番効果的だと思うわ」

遠藤は、美咲の目を真っ直ぐ見つめて言った。その言葉に、美咲は押し切られるように承諾してしまった。

撮影当日、美咲は緊張しながら、水着に着替えた。露出度の高い水着に、強い抵抗を感じた。しかし、ユウコとケンジは、美咲を励まし、美しく見えるポーズや表情を教えてくれた。

撮影が始まると、カメラマンは美咲に様々な指示を出した。「もっとセクシーに」「もっと挑発的に」「もっと大胆に」

美咲は、言われるがままにポーズをとった。羞恥心と屈辱感が、美咲の心を蝕んでいった。

その夜、美咲はホテルの一室で、一人で泣いた。自分が何をしているのか、わからなくなった。夢を追いかけるはずが、いつの間にか、自分が望まない方向へ進んでいることに気づいた。

数日後、美咲は遠藤に電話をかけた。「やっぱり、番組を降りたいんです」

遠藤は、静かに言った。「美咲さん、今さら何を言ってるんですか。もう、後には引けないんですよ」

「どういう意味ですか？」

「美咲さんのイメージビデオは、すでに完成しています。もし、番組を降りるようなことがあれば、そのビデオをインターネットに流出させますよ」

美咲は、言葉を失った。遠藤は、最初から美咲を騙すつもりだったのだ。

絶望に打ちひしがれる美咲に、ユウコがそっと近づいてきた。「美咲ちゃん、頑張って。これも、あなたの夢を叶えるための通過点なのよ」

ユウコの言葉に、美咲はさらに深く傷ついた。彼女たちは、美咲の夢を利用して、自分たちの利益を得ようとしているだけなのだ。

数ヶ月後、美咲は地元の大学に戻っていた。テレビに出演したことは、大学中に知れ渡り、好奇の目に晒される毎日だった。そして、遠藤に脅されたビデオは、インターネットに流出し、瞬く間に拡散された。

美咲は、誰にも会いたくなかった。部屋に閉じこもり、ひたすら泣き続けた。

ある日、美咲は海岸を一人で歩いていた。潮風が、美咲の頬を撫でる。夕焼けが、海を赤く染めていた。

美咲は、砂浜に膝をつき、砂を握りしめた。砂は、美咲の手からこぼれ落ち、風に吹かれて消えていった。まるで、美咲の夢のようだった。

その時、美咲はふと思った。夢は、砂時計のように、いつか必ず終わるものなのかもしれない。しかし、砂時計の砂が落ち切っても、またひっくり返せば、新しい時間が始まる。

美咲は、立ち上がり、海に向かって歩き出した。夕焼けが、美咲の背中を照らす。

美咲は、もう過去を振り返らない。失敗を恐れず、新しい夢を追いかけようと思った。

砂時計の夢は、まだ終わっていない。