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## ホテルの一室、交差する欲望

薄暗いビジネスホテルの廊下を、香水の匂いがかすかに漂う。その匂いに混じって、微かに消毒液の匂いもする。405号室。ドアの前に立った男、佐々木は、少し緊張した面持ちで深呼吸をした。

佐々木は40代半ばの会社員。仕事に追われる毎日で、心身ともに疲弊していた。妻との関係も冷え切って久しい。そんな折、インターネットで見つけたのが、出張メンズエステの広告だった。完全予約制、エッチ抜き。謳い文句は「極上の癒し」。佐々木は、その言葉に惹かれた。

ベルを鳴らすと、すぐにドアが開いた。そこに立っていたのは、ショートカットがよく似合う、30代くらいの女性だった。エステティシャンだと名乗る彼女、香織は、にこやかに佐々木を迎え入れた。

「いらっしゃいませ、佐々木様。本日はありがとうございます」

香織の笑顔は、どこかぎこちない。しかし、佐々木には、その笑顔の奥に、ほんの少しの憂いが見えた気がした。

部屋は、簡素なビジネスホテルのシングルルーム。ベッドの上にタオルが敷かれ、アロマディフューザーからラベンダーの香りが漂っている。香織は手際よく準備を始め、佐々木に施術の説明をした。

「本日は、アロママッサージ60分コースでよろしいでしょうか？力加減など、遠慮なくお申し付けください」

佐々木は頷き、言われるがままにバスローブを羽織った。シャワーを浴び終え、ベッドに横になると、香織が優しくオイルを塗り始めた。

最初は、肩や首を中心に、丁寧にマッサージが進められた。香織の手は温かく、佐々木は徐々にリラックスしていくのを感じた。しかし、時間が経つにつれて、佐々木の心に、別の感情が芽生え始めた。

香織の姿を、じっと見つめてしまう。ショートカットからのぞくうなじ、オイルで濡れて光る肌。彼女もまた、一人の女性なのだ。佐々木は、妻との冷え切った関係を思い出し、無性に寂しさを感じた。

「あの…」

佐々木は、意を決して声をかけた。

「何か、痛いところでもございますか？」

香織は、心配そうな表情で尋ねた。

「いや、そうじゃなくて…」

佐々木は言葉に詰まった。何を言いたいのか、自分でもよく分からなかった。ただ、彼女に触れたい、抱きしめたい、そんな衝動に駆られていた。

「あの…少し、お話してもいいですか？」

佐々木の言葉に、香織は少し戸惑ったようだった。

「マッサージ中は、お話はご遠慮いただいております。リラックスしていただくのが一番ですので」

しかし、佐々木は諦めなかった。

「ほんの少しでいいんです。実は…最近、仕事がうまくいかなくて。誰かに話を聞いてほしいんです」

香織は、少し考えた後、ゆっくりと頷いた。

「…分かりました。少しだけなら」

佐々木は、自分の仕事のこと、妻との関係のこと、そして、孤独な日々のことを、堰を切ったように話し始めた。香織は、黙って佐々木の言葉に耳を傾けた。

時折、彼女は優しく相槌を打ち、佐々木の肩を軽く叩いた。その温かさに、佐々木は救われるような気持ちになった。

話しているうちに、佐々木は、自分が何を求めているのか、はっきりと理解した。彼は、香織に癒しを求めていたのではない。ただ、誰かに自分の存在を認めてほしかったのだ。

マッサージが終わる頃には、佐々木の心は少し軽くなっていた。香織は、笑顔でタオルを差し出した。

「少しは、楽になりましたか？」

佐々木は、深く頷いた。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

香織は、静かに微笑んだ。その笑顔は、最初に見せたぎこちない笑顔とは違い、優しさに満ち溢れていた。

佐々木は、バスローブを脱ぎ、服を着始めた。その時、ふと、ある考えが頭をよぎった。チップを渡して、何かお礼をしたい。そう思った佐々木は、財布から数枚の紙幣を取り出した。

「これ、少しばかりですが…」

香織は、慌てて首を横に振った。

「結構です。お気持ちだけで十分です」

しかし、佐々木は諦めなかった。

「どうか、受け取ってください。あなたのおかげで、本当に心が軽くなりました。感謝の気持ちです」

香織は、困ったような表情で佐々木を見つめた。そして、しばらく考えた後、静かに言った。

「…分かりました。では、ありがたく頂戴いたします」

香織は、佐々木から紙幣を受け取ると、深々と頭を下げた。

佐々木は、部屋を出る前に、もう一度香織に声をかけた。

「今日は、本当にありがとうございました。また、お会いできますか？」

香織は、少し微笑んで言った。

「またのご利用をお待ちしております」

佐々木は、ホテルの廊下を歩きながら、今日起こった出来事を振り返っていた。彼は、確かに癒しを得た。しかし、それは、肉体的な癒しだけではなかった。香織との短い会話を通して、彼は心の奥底にあった孤独を少しだけ和らげることができたのだ。

エレベーターに乗り、ホテルを出た佐々木は、夜空を見上げた。星が、まばらに輝いている。彼は、明日からまた、新しい気持ちで仕事に取り組めるような気がした。

一方、405号室に残された香織は、佐々木から受け取ったチップを握りしめていた。彼女は、佐々木との会話を思い出し、複雑な気持ちになっていた。

彼女もまた、人妻だった。夫との関係は、決して良好とは言えない。日々の生活に疲れ、心が渇ききっていた。そんな時、始めたのがこの仕事だった。

最初は、戸惑うことばかりだった。男性客からのセクハラまがいの要求、不快な言葉の数々。しかし、時間が経つにつれて、彼女は、この仕事の別の側面を見つけるようになった。

それは、客の心の奥底にある、孤独や悲しみだった。彼女は、マッサージを通して、彼らの心に寄り添うことができた。そして、彼女自身もまた、彼らから癒しを得ていた。

香織は、窓から見える夜景を見つめながら、静かにため息をついた。彼女は、この仕事をいつまで続けるのだろうか。そして、いつか、心の底から笑える日が来るのだろうか。

彼女は、そんなことを考えながら、次の予約の準備を始めた。

ホテルの廊下には、また、新しい香水の匂いが漂い始める。