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藤堂葉月は、鏡に映る自分の顔にため息をついた。薄化粧をした姉、陽花の輝きとは対照的に、彼女の顔は色を失っていた。今日は陽花と月岡亮介の練習を見に行く日だ。二人の息の合ったステップ、陽花のしなやかな肢体、そして亮介の力強いリード。それらは葉月にとって、眩しすぎる光だった。

陽花は天才だった。幼い頃からダンスにのめり込み、数々の賞を受賞してきた。彼女の踊りは、まるで魂を込めた芸術作品のようだった。一方の葉月は、才能の欠如に苦しんでいた。大学では美術を専攻していたが、キャンバスに表現する自分の絵には、常に何かが足りない気がしていた。それは、陽花のダンスのような、魂を揺さぶる力、圧倒的な存在感だった。

練習場へ向かう道すがら、葉月は何度か足を止めた。姉の輝かしい未来を祝福する気持ちと、自分の無力感に押し潰されそうになる葛藤が胸を締め付ける。亮介は陽花を優しく見つめ、時に厳しく指導する。その姿は、葉月の心に深い影を落とした。亮介は、陽花にとってかけがえのない存在であり、叶わぬ恋心を抱く葉月にとっては、遠く手の届かない存在だった。

練習場では、陽花と亮介は息を合わせた完璧なダンスを披露していた。陽花の肌は、汗ばみながらも美しく輝き、流れるような動きは見る者の心を奪う。まるで、芸術作品そのものだった。葉月は、そんな姉の姿をじっと見つめ、言葉を失った。

「葉月、どうしたんだ？顔色が悪いぞ」

練習を終えた陽花が、葉月の傍に駆け寄ってきた。陽花はいつも明るく、葉月の気持ちを察してくれる優しい姉だった。しかし、その優しさは、葉月にとって、同時に苦痛の種でもあった。

「…何もないよ。ただ、疲れてるだけ」

葉月は、虚ろな笑みを浮かべて答えた。陽花の笑顔に、自分の卑小さを痛感する。

「今日は、亮介と新しいステップを練習したんだ。競技会まであと少し、頑張らないとね」

陽花は明るい声で話し、葉月の肩に手を置いた。その温もりは、葉月の心にわずかな希望を与えたが、同時に、自分の存在の薄さを改めて認識させるものだった。

その夜、葉月は一人アトリエにこもった。キャンバスに向かい、筆を握る。だが、一向に絵は進まない。彼女の心は、姉のダンス、そして亮介への想いでいっぱいだった。最高に美しい肌…そこに魂を彫りつけられるのは、姉だけだ。自分の才能の無さを痛感し、絶望の淵に立たされているような気がした。

ふと、葉月は鏡を見つめた。自分の肌は、姉のように輝いていない。しかし、そこには、姉とは違う、静かで深い感情が宿っているように見えた。彼女は、姉のように華やかな才能は持ち合わせていないが、繊細で静かな感性を持っている。それは、姉にはない、独自の才能だった。

翌日、葉月は勇気を出して亮介に相談した。自分の才能の無さ、そして姉への複雑な感情を打ち明けた。亮介は、葉月の話を静かに聞いてくれた。

「葉月さん…あなたは、陽花さんと違って、静かな美しさを持っています。それは、あなたの絵にも表れています。才能は、形が違うだけで、必ずありますよ」

亮介の言葉は、葉月の心に温かい光を灯した。初めて、自分の才能を肯定してもらえた気がした。

それからというもの、葉月は自分の絵に没頭するようになった。姉のように華やかではないが、繊細で深みのある絵を描き続けた。そして、ある日、彼女は自分の作品に満足感を感じた。それは、姉のダンスのような華やかさはないかもしれないが、彼女自身の魂が込められた、唯一無二の作品だった。

姉の輝きを羨み、劣等感に苦しんでいた葉月は、自分の才能を発見し、受け入れることで、新たな一歩を踏み出した。彼女の魂は、もう姉の影に隠れることなく、自身の芸術を通して、静かに、しかし力強く輝き始めていた。最高に美しい肌に魂を彫りつけることは、もしかしたら彼女にとって、絵を描くことだったのかもしれない。  姉のダンスに劣等感を抱いていた葉月は、自身の芸術を通して、独自の輝きを見出すことができたのだ。  それは、姉とは異なる、静かで、深い、そして美しい輝きだった。