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「あー、やっと一息つける。」

りこは、キンと冷えたビールジョッキをテーブルに置いた。ガーデンテラス席が心地よい風を運んでくる。旦那が事故で入院してから、もうひと月になる。会社経営者である旦那は、いつも忙しく、りこは一人で家を守る日々に慣れていた。しかし、今回ばかりは、その「慣れ」が不安に変わっていた。

「大丈夫、きっと大丈夫。」

自分に言い聞かせるように、りこはビールを一口飲んだ。

「すみません、お隣、よろしいですか？」

背後から声がかかり、りこは振り返った。

「あ、えっと…」

そこには、りこより少し年上の女性が立っていた。Eカップと書かれていたかな、という記憶が脳裏をよぎる。

「…はい、どうぞ。」

りこは、少し戸惑いながらも席を勧めた。相席なんて、久しくなかった。

「ありがとう。かな、って言います。あの、旦那さんが事故で…？」

かなは、りこの状況を知っているようだった。

「はい、そうです。りこです。」

「大変ですね。私も、色々と…」

かなは、ビールを一口飲むと、遠い目をした。

「旦那さん、お怪我は？」

「まだ、リハビリ中です。でも、元気は元気なんですよ。」

「それはよかった。…でも、なんか、こう…」

かなは言葉を探すように、ビールを啜った。

「お、お持ち帰り、とか…？」

りこは、思わず口から出そうになった言葉を飲み込んだ。かなの言葉の真意は、まだ掴みきれない。

「え…？」

「ごめんなさい、余計なこと言って。私も、ちょっと…夫のことで、色々あって。」

かなは、少し俯いた。

「夫、最近…なんか、変わったんです。」

「変わった、ですか？」

「ええ。仕事のせいかもしれないけど、連絡も減って。たまに電話しても、上の空で。この前なんて、 telefon の履歴に、知らない名前が残っていて…」

かなの瞳に、不安の色が浮かんだ。

「もしかしたら、不倫とか…？」

りこは、かなの言葉に、自分の心のざわつきを重ね合わせた。旦那の入院中、りこはなぜか、旦那の電話を盗み見るようになっていた。そして、ある日、見つけたのは、見知らぬ女性からのメッセージ。それも、単なる友人とは思えない、親密な内容。

「私も…実は、旦那の携帯、見てしまって。」

りこは、小さな声で言った。

「え…？」

「…なんか、変なメッセージが、あって。私以外にも、連絡取ってる人がいる、みたいで…」

「やっぱり…！」

かなは、顔を上げた。

「私も、そういうの、あったんです。でも、まさか…」

二人の視線が、絡み合った。言葉はなくても、互いの抱える不安が、共鳴しているのを感じた。

「でも、まだ、なんにも…」

りこは、そう言いかけて、言葉に詰まった。旦那は、まだ入院している。退院したら、どうなるのだろう。この不安を、どうすればいいのだろう。

「私も、どうしたらいいか、わからなくて。」

かなは、ビールを飲み干し、もう一杯頼んだ。

「でも、こうやって話してたら、少し…楽になった気がする。」

「私もです。」

りこは、グラスに残ったビールを飲み干した。Gカップの胸が、微かに震えている。

「あの…」

かなが、何か言いかけた。

「…もし、よかったら。この後、もう一杯、どうですか？」

「…え？」

りこは、驚いてかなを見た。

「二人で、話したかったこと、まだ、ある気がして。」

かなの瞳は、期待に輝いていた。りこは、数秒間、考えた。旦那に、そんな気配を感じてから、りこは、自分自身に問いかけていた。「私、どうしたいんだろう？」と。

「…はい。ぜひ。」

りこは、微笑んだ。

「…私、結構、溜め込んじゃうタイプで。」

「私もです。」

「旦那に、言えないこととか、ありますか？」

「…あります。たくさん。」

「なんか…旦那、私に、満足してないのかな、って、思っちゃう時があって。」

かなは、恥ずかしそうに笑った。

「私も、そんなこと、考えてました。旦那、私に、なんか、隠してるんじゃないかって。」

「もしかしたら、私達…」

りこは、言葉を飲み込んだ。お持ち帰り、という言葉が、頭をよぎる。

「…もう、いいかな。今日くらいは。」

かなは、そう言って、りこの手を取った。

「…はい。」

りこは、かなの手に、そっと応えた。

「旦那さん、退院したら、どうするんですか？」

「…どうするんでしょうね。」

りこは、遠い目をした。

「でも、私、もう、一人で抱えきれない。」

「…私も。」

二人は、それぞれのグラスを掲げた。

「…乾杯。」

「乾杯。」

ビールが、喉を通り過ぎる。りこは、解放感と、それ以上の、未知への期待を感じていた。Eカップかな、28歳。Gカップりこ、30歳。二人の女性は、それぞれの秘密を胸に、夜の街へと歩き出した。