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## 満月と赤ワイン

「今日のプレゼン、お疲れ様でした！」

田中美咲は、息を切らせながらも満面の笑みで営業部の部長、佐藤健一に声をかけた。艶やかな黒髪は夜風に揺れ、きらめく瞳は期待に満ちていた。入社して３年。憧れの佐藤部長との距離は、いつもほんの少しだけ遠かった。今日は、彼女が長年温めてきた企画がついに承認された記念すべき日。いつものように、終礼後、会社で残業している佐藤部長の元へ駆けつけたのだ。

「おお、美咲君か。ありがとう。君のおかげで、我々も良い結果を出せた。感謝しているよ。」

佐藤部長は、穏やかながらも力強い声で応じた。その笑顔は、彼女がずっと夢見てきた、あの包容力のある笑顔だった。細身ながらも鍛えられた肉体は、スーツの上からでもその逞しさを感じさせた。何より、彼から放たれる「大人の男」の魅力に、美咲はいつも心を奪われていた。

「いえ、部長のお力添えがあったからこそです。それに、この企画は部長が以前から注目してくださっていたから、形にできたんです。」

美咲は、少し照れたように俯いた。実際、佐藤部長は彼女の企画の種をいち早く見抜き、細部にわたるアドバイスを惜しまなかった。その厳しさと優しさの二面性が、美咲にとっては何よりも魅力的だった。

「そう言ってもらえると嬉しいな。さて、美咲君も頑張ったんだ。今日は、少しばかりお祝いをしようじゃないか。」

佐藤部長は、美咲の肩に軽く手を置いた。その温かさに、美咲の心臓は早鐘を打った。

「え、お祝いですか？」

「ああ。ちょうど、いいワインがあるんだ。君も、一杯どうかな？」

会社から歩いて数分の距離にある、落ち着いた雰囲気のバー。佐藤部長は、数種類あるグラスワインの中から、深紅の赤ワインを美咲に選んでくれた。

「これは、フルボディで、力強さの中に繊細な甘さも感じられる。君のような、芯の通った女性にきっと似合うと思うよ。」

佐藤部長の言葉に、美咲の頬はさらに赤みを帯びた。彼の言葉一つ一つが、自分を特別に扱ってくれているように感じられ、嬉しさが込み上げてくる。

「ありがとうございます。いただきます。」

グラスを傾けると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、口の中に広がる濃厚な味わいが、一日の疲れを優しく洗い流していくようだった。

「それにしても、君の企画、本当に素晴らしいよ。市場のニーズを的確に捉え、かつ、我々がまだ踏み込んでいない領域に果敢に挑戦する。君のような若い才能がいることを、本当に頼もしく思っている。」

佐藤部長は、グラスを揺らしながら、熱っぽく語り始めた。美咲は、彼が自分の仕事ぶりを真剣に評価してくれていることに、何よりも喜びを感じていた。

「部長にそう言っていただけると、本当に励みになります。でも、まだまだ未熟なところもたくさんあるので、もっと勉強していきたいと思っています。」

「謙虚で、向上心もある。まさに、私が君に期待しているところだ。でも、たまには自分を甘やかして、リラックスすることも大切だよ。仕事ばかりでは、せっかくの魅力が半減してしまう。」

「魅力…ですか？」

美咲は、思わず聞き返した。佐藤部長が「魅力」という言葉を使うなんて、想像もしていなかった。

「ああ、君の魅力は、その真面目さだけでなく、時折見せる、はにかんだ笑顔や、情熱的な瞳の奥に隠された、純粋さだ。それこそが、君の最大の武器であり、人を惹きつける力なんだよ。」

佐藤部長の言葉は、まるで魔法のようだった。美咲がずっと秘めていた、誰にも見せてこなかった一面を、彼は見抜いていた。その言葉の響きは、彼女の心を温かく包み込んだ。

「あの…部長の、その…大人の魅力も、いつも素敵だと思っています。」

勢い余って、口にしてしまった言葉に、美咲は血の気が引くのを感じた。しかし、佐藤部長は表情を変えることなく、むしろ面白がるように、ゆっくりとグラスを傾けた。

「ほう、私の魅力かね？それは、君という素敵な女性が、そう思ってくれるからだろう。私も、君の若いエネルギーと、時折見せる仕草に、いつも刺激を受けているんだ。」

二人の間には、心地よい沈黙が流れた。赤ワインの芳醇な香りと、互いに向けられる視線が、空気を甘く、濃密にしていく。美咲の警戒心は、いつの間にか薄れ、心地よい酔いが全身を包み込んでいた。

「でも、私、部長みたいに、スマートに言葉を選んだり、人を惹きつけるようなこと、全然できないんです。」

美咲は、素直な気持ちを口にした。いつも、佐藤部長の言葉の選び方や、落ち着いた振る舞いに、憧れと同時に、自分との隔たりを感じていたのだ。

「それは違うな。君は、君自身の言葉で、正直に気持ちを伝えることができる。それが、何よりも尊いことなんだ。言葉に飾りのない、美咲君の言葉だからこそ、私は心を動かされる。」

佐藤部長は、美咲のグラスにそっと手を添えた。その指先が、彼女の指に触れる。瞬間、電流が走ったような感覚に、美咲は息を呑んだ。

「それに、お酒の力も借りてみるのも、悪くない。お酒は、隠された本音を、素直に引き出してくれる。そして、時として、普段は解けない警戒心を、解きほぐしてくれる。」

佐藤部長の言葉は、まるで彼女の心の内を読んでいるかのようだった。美咲の頬は、さらに赤く染まり、熱を帯びていた。

「部長は、いつも冷静で、落ち着いていらっしゃるから、どんな時も、本音を隠しているのかと思っていました。」

「隠しているというより、時として、それを抑え込んでいるのかもしれないな。でも、君とこうして話していると、その抑え込んでいたものが、自然と溢れ出てくるような気がするんだ。」

佐藤部長の瞳が、美咲の瞳を捉えた。その光は、以前にも増して熱を帯び、美咲の心を強く惹きつけた。

「私も…部長とお話ししていると、なんだか、安心します。そして、もっと、部長のことを知りたい、って思ってしまいます。」

美咲は、もう自分を抑えきれなかった。ずっと、心の奥底に秘めていた想いが、言葉となって溢れ出した。

「美咲君…」

佐藤部長は、静かに美咲の名前を呼んだ。その声は、以前よりも低く、甘く響いた。彼は、ゆっくりと美咲の顔に手を伸ばし、その頬を優しく撫でた。

「君のその純粋さが、私を惹きつけるんだ。ずっと、君のことを見てきた。君の頑張りを、君の優しさを、君の内に秘めた情熱を。」

佐藤部長の言葉に、美咲の瞳から、熱いものが込み上げてくるのを感じた。それは、感動なのか、それとも、もっと別の感情なのか。

「私、部長のことが、ずっと、好きでした。」

美咲は、震える声で、そう告げた。この瞬間を、どれだけ夢見てきただろうか。

「美咲君…」

佐藤部長は、美咲の唇に、そっと自分の唇を重ねた。それは、温かく、そして、柔らかいキスだった。まるで、長年の夢が、今、現実になったかのような、不思議な感覚。

赤ワインの甘さと、酔いの心地よさ、そして、何よりも、長年憧れていた男性からのキス。美咲の心は、満たされていくのを実感していた。

「美咲君、君のその可愛らしい反応が、私をさらに惹きつけるんだ。」

佐藤部長は、美咲の耳元で囁いた。その声は、もはや「部長」のものではなく、一人の男性としての、甘く、力強い声だった。

「私、今日、部長に、ずっと言いたかったことがあります。」

美咲は、もう遠慮も警戒心もなかった。赤ワインの力、そして、佐藤部長の存在が、彼女の全てを解放させていた。

「言いたいこと？それは、何かな？」

佐藤部長は、期待に満ちた瞳で、美咲を見つめた。

「あの…部長の、その…大人のテクニック…もし、よかったら、私にも、教えてくれませんか？」

美咲は、顔を真っ赤にしながらも、必死にそう言った。彼女の心は、もはや、夢のような展開へと、完全に身を委ねていた。

佐藤部長は、美咲の率直な言葉に、さらに顔を近づけた。その瞳に映る美咲の姿は、いつも以上に輝いて見えた。

「それは、私からの、嬉しいプレゼントになるだろう。」

佐藤部長の言葉は、まるで、彼女の夢が、これからさらに広がっていくことを予感させるものだった。満月が、二人の上の夜空で、静かに輝いていた。