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## 禁断の果実

「はぁ…」

俺、健一は、ため息をつきながらリモコンを弄っていた。画面には、ひたすら無味乾燥なバラエティ番組が映し出されている。妻の沙織は、今週末に出産予定だ。それは喜ばしいことのはずなのに、俺の心は奇妙な焦燥感と、それ以上に鬱屈とした閉塞感に満ちていた。

妊娠中の沙織は、医師から厳重な安静を指示されている。タバコはもちろんのこと、酒もってのほか。それが原因かどうかは分からないが、俺も沙織に言われ、それらを一切断っていた。別に、沙織のためなら喜んで、と思っていた。しかし、出産が近づくにつれ、沙織の体調は不安定になり、些細なことでイライラするようにもなった。

「健一さん、タバコ吸いたくなった？ 我慢しなさいよ。私にも影響あるんだから」

そんな風に言われると、俺の胸に溜まった澱は、さらに重く沈んでいく。週末の夜、友人たちと集まって一杯やることも、一服することも、もう何ヶ月もご無沙汰だった。ストレス発散の術を失った俺は、まるで囚人のように自宅に閉じ込められている気分だった。

さらに追い打ちをかけるように、数日前、沙織から衝撃的な一言が告げられた。

「健一さん、これから出産まで、もう…そういうのは、ダメだからね」

「…そういうの？」

「ほら、だって…私、もうすごくデリケートなんだから。万が一、何かあったら…」

沙織の顔は青ざめ、俺の言葉に耳を傾ける余裕もないようだった。俺は、その「そういうの」が何を指すのか、すぐに理解した。それは、俺の唯一とも言える、誰にも知られずにストレスを発散する手段だった。それを禁止された瞬間、俺の精神は、まるで砂漠に放り出されたような、極限の孤独感に襲われた。

以来、俺の日常は、ただただ耐えるだけの時間になった。仕事から帰れば、沙織の世話。週末は、さらに沙織との二人きりの時間が続く。会話は、赤ちゃんの話題か、沙織の体調のことばかり。俺自身の話をする機会は、皆無だった。

そんな、鬱屈とした日々が続くある土曜日の午後。玄関のチャイムが鳴った。沙織は、ソファでうたた寝をしている。誰だろう、と訝しみながらドアを開けると、そこには、見慣れた、しかし、いつもとは違う空気を纏った人物が立っていた。

「あら、健一さん。沙織ちゃん、いるかしら？」

そこにいたのは、沙織の母親、百合花さんだった。沙織とは親子とはいえ、年齢差はほとんど感じさせない、若々しさと妖艶さを併せ持つ女性だ。沙織が彼女に似て美人なのも納得だった。

「あ、百合花さん。こんにちは。沙織、今ちょっと眠っちゃってて…」

「あら、そう。じゃあ、少しだけお邪魔させてもらおうかしら」

百合花さんは、俺に断りを入れると、慣れた様子で家の中に入ってきた。その時、俺の視線は、自然と百合花さんの胸元に吸い寄せられた。

艶やかなシルクのブラウス。その胸元は、ボタンが一つ、開いているように見えた。そして、その隙間から覗く、信じられないほどの豊満な胸。まるで、水風船のように張り詰め、それでいて、熟した果実のような、艶めかしさを秘めた膨らみ。沙織も綺麗だが、百合花さんの胸は、それらを遥かに凌駕する、眩暈がするほどの爆乳だった。

俺は、思わず息を呑んだ。沙織は、出産間近で、俺は禁欲生活。そんな状況で、目の前に現れた、この官能的な大人の女性。それは、まるで、俺の抑えきれない欲望を、さらに煽るための、残酷な悪戯のように思えた。

「健一さん、顔色悪いわよ。大丈夫？」

百合花さんは、俺の異変に気づいたのか、心配そうに声をかけてきた。その声は、耳に心地よい、低めのアルト。俺は、慌てて首を横に振った。

「いえ、大丈夫です。ちょっと、寝不足なだけなんで」

「そうなの？ 沙織ちゃんも、大変なのよね。お母さんも、心配で様子を見に来ちゃったわ」

百合花さんは、そう言うと、リビングのソファに腰を下ろした。俺も、慌てて彼女の隣に座る。距離が縮まったことで、彼女から放たれる、甘く、それでいてどこか色気のある香水の香りが、一層強く俺を包み込んだ。

「沙織ちゃん、起こしましょうか？」

「いや、いいです。もう少し寝かせてあげてください」

俺は、沙織を起こすことに抵抗を感じていた。この、百合花さんと二人きりの、この静かで、それでいて張り詰めた空気を、壊したくなかった。

「ふふ、健一さん、優しいのね。でも、一人で抱え込まないでね。お母さんだって、いつでも頼ってほしいんだから」

百合花さんは、そう言って、俺の肩にそっと手を置いた。その指先が、ブラウスの隙間から僅かに見えている、俺の肌に触れた。ひんやりとした、それでいて、どこか温もりを感じさせる彼女の指。俺の心臓は、破裂しそうに早鐘を打ち始めた。

「あの…百合花さん、何か飲むもの、お持ちしましょうか？」

「あら、ありがとう。じゃあ、お水でももらおうかしら」

俺は、震える手で冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。コップに注ぐ時、自分の手元がおぼつかない。百合花さんの視線が、背中に突き刺さっているような気がした。

「健一さん、本当に大丈夫？」

百合花さんは、俺の様子をじっと見つめている。その瞳は、まるで俺の心の奥底を見透かすかのようだ。俺は、必死に平静を装った。

「はい、大丈夫です。ただ、沙織のことが、心配で…」

「そうね。でも、心配しすぎも良くないわよ。健一さんだって、休まないと」

百合花さんは、そう言って、俺の顔に伸ばしかけていた手を、寸前で止めた。その指先が、俺の頬に触れることはなかった。しかし、その仕草だけで、俺の体は熱を帯び、頭の中は、訳の分からない感情でいっぱいになった。

沙織の出産が近づき、俺は精神的にも肉体的にも追い詰められていた。そんな時に現れた、美しく、それでいて、どこか危うい魅力を放つ義母。彼女の存在は、俺にとって、禁断の果実のように、抗いがたい誘惑だった。

「健一さん、もし、息抜きしたくなったら、いつでも言ってね」

百合花さんは、そう言って、俺に微笑みかけた。その微笑みは、俺の心の奥底に、潜んでいた甘く、危険な欲望に火をつけた。

俺は、この状況をどうすればいいのか、分からなかった。沙織への罪悪感と、百合花さんへの、抑えきれない、禁断の想い。この二つの感情の間で、俺の心は、激しく揺れ動いていた。

「…はい」

俺は、掠れた声で答えた。その声は、俺自身のものなのか、それとも、この状況が作り出した、もう一人の俺のものなのか、分からなかった。

窓の外は、夕暮れ時。茜色の光が、部屋の中に差し込み、百合花さんの横顔を、一層幻想的に照らし出していた。俺は、このまま、この禁断の果実を、口にしてしまいたい衝動に、抗うことができなくなっていた。

（続く）