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## 幻影の抱擁

夜は静かに訪れた。静寂は、まるでこの世の全てが眠りについたかのような、深い、深い静けさだった。それでも、私の耳は微かな呼吸音を拾っていた。夫、健一の。隣で、規則正しく、安らかな寝息が聞こえる。その寝息は、私にとって何よりも安らぎであり、同時に、抗いがたい不安の根源でもあった。

私たちは、結婚して五年。穏やかで、満ち足りた日々を送っていた。しかし、どこかに満たされないものがあった。それは、言葉にできない、漠然とした飢えだった。昨夜、この温泉宿にチェックインして以来、健一は疲れた様子で、早々に眠りについた。私は、窓の外に広がる星空を眺めながら、一人、この静寂の中で、奇妙な感覚に襲われていた。

それは、まるで、この部屋の空気が、私だけのために、甘く、重く、粘り気を帯びてくるような感覚だった。肌に触れるシーツの感触が、普段よりもずっと鋭く、意識に上る。健一の寝息が、遠くから聞こえる波の音のように、私の鼓動と共鳴し始めた。

ふと、部屋の隅に置かれた、小さなテーブルに目が留まった。そこには、宿からサービスで用意されたらしい、アロマオイルのボトルが置かれていた。琥珀色に輝く液体。その匂いが、微かに、しかし確かに、私の鼻腔をくすぐった。それは、今まで嗅いだことのない、官能的で、それでいてどこか懐かしい香りだった。

その香りに導かれるように、私はベッドから滑り落ちた。素足が冷たい床に触れる。健一の寝息は、変わらず規則正しい。私は、そっとオイルのボトルを手に取った。ひんやりとしたガラスの感触。指先でキャップを開けると、甘く、濃密な香りが一気に部屋に広がった。それは、ただの香りではなかった。それは、禁断の扉を開く鍵のように、私の奥底に眠っていた何かを呼び覚ます力を持っていた。

私は、オイルを少量、指先にとった。温かい、滑らかな感触。そして、そのオイルを、自身の首筋に、耳の後ろに、そっと擦り込んだ。じんわりとした温かさ。そして、そこから広がる、甘く、濃厚な刺激。それは、今まで経験したことのない、繊細で、それでいて強烈な快感の始まりだった。

指先が、無意識のうちに、鎖骨のくぼみに吸い寄せられる。オイルの滑らかさが、肌のきめ細かさを際立たせる。皮膚の下で、何かが微かに蠢いているような感覚。それは、まるで、眠っていた神経が、一つ一つ、目を覚ましていくかのようだった。

私は、ゆっくりと、自分の手で、胸元に触れた。オイルが、胸の谷間に滑り込む。温かい、重みのある感触。指先が、乳首の硬さをなぞる。これまで、健一との営みの中で、これほどまでに自分の身体に意識を集中させたことは、なかったかもしれない。

オイルの香りが、さらに濃密になる。それは、もはや私だけの香りではなく、この部屋全体を包み込む、誘惑の香りへと変化していた。指先は、さらに下へと滑り落ちていく。腹部、そして、股間へと。

そこでも、オイルは、驚くべき仕事をしてくれた。指先が触れるたびに、これまで感じたことのないような、鋭い、それでいて甘い痺れが走る。まるで、私の身体の全てが、このオイルの力によって、官能の波に溺れていくかのようだ。

股間を優しく撫でる。オイルの滑らかさが、デリケートな肌を包み込む。一度触れただけで、そこから湧き上がる、熱い、熱い衝動。それは、まるで、火が灯されたように、瞬く間に全身に広がっていく。

健一の寝息は、 still、安らかだ。しかし、私の耳には、もはやその寝息は届いていない。私の意識は、全て、この身体の奥底から湧き上がる、抗いがたい快感に囚われていた。

指先が、さらに奥へと進む。オイルの滑らかさに導かれるように、私の身体は、内側から、熱く、湿った、甘い感覚に満たされていく。それは、まるで、今まで知らなかった、私自身の隠された扉が開かれたかのような、衝撃的な体験だった。

快感は、波のように押し寄せてくる。一度波が引くと、さらに大きな、より激しい波が、私を襲う。私は、声も出せない。ただ、身を委ねるしかない。この、幻影のような、しかし確かな、快感の奔流に。

その時、ふと、背後で、衣擦れの音がした。

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