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## ラジオネーム：孤独な流れ星

深夜ラジオから流れる、少し鼻にかかったパーソナリティの声が、アパートの狭い部屋に虚しく響く。ヘッドホンを外すと、無機質な空調の音が耳にまとわりついた。窓の外は、雨上がりのアスファルトが街灯の光を鈍く反射している。

名前は星川 凛。23歳。都内のIT企業で、プログラマーとして働いている。毎日、モニターとにらめっこ。バグとの格闘、納期に追われる日々。可愛い、と言われることが多いけれど、最近は化粧をする気力も湧かない。

「…リスナーの皆さん、今夜もたくさんのメッセージありがとうございます！ 続いては、ラジオネーム：孤独な流れ星さんからのメッセージです。『最近、仕事が忙しくて、家に帰ると何もする気が起きません。休日は一日中寝て過ごしてしまいます。どうしたら、もっと充実した毎日を送れるでしょうか？』…」

凛は、小さくため息をついた。ラジオにメッセージを送ったのは、本当に藁にもすがる思いだった。誰かに、ほんの少しでもいいから、この孤独を理解してほしかった。

「…孤独な流れ星さん、ありがとうございます！ 忙しい毎日、本当にお疲れ様です。可愛らしいお名前とは裏腹に、ちょっぴり寂しそうなメッセージですね。でも大丈夫！ きっと、何か新しい刺激が必要なんですよ。例えば…思い切って、街に出て、新しい出会いを探してみるとか？」

パーソナリティの軽薄なアドバイスに、凛は苦笑した。新しい出会い？ そんな時間も気力もない。それに、出会ったところで、何を話せばいいのだろう。

その時、玄関のチャイムが鳴った。

凛は、訝しげにドアを開けた。そこに立っていたのは、見覚えのない男性だった。清潔感のある服装で、穏やかな笑みを浮かべている。

「こんばんは。星川凛さん、ですよね？ ちょっとお話、よろしいでしょうか？」

凛は警戒心を露わにした。「どちら様ですか？ 何のご用でしょうか？」

男性は、名刺を差し出した。「私、コミュニティ・カウンセラーをしている、佐々木と申します。ラジオを聴いて、星川さんのメッセージに感銘を受けまして。もしよろしければ、少しお話を聞かせていただけないかと思い、突然お邪魔してしまいました」

凛は、半信半疑だった。コミュニティ・カウンセラー？ ラジオのメッセージから個人を特定して、訪問してくるなんて、普通じゃない。

「…怪しい者ではありません。ただ、星川さんの心の声に、少しでも寄り添いたいと思っただけです。もちろん、迷惑でしたら、すぐに帰ります」佐々木は、丁寧に頭を下げた。

凛は、迷った。警戒心はある。でも、心のどこかで、誰かに頼りたいという気持ちが、強く渦巻いていた。

「…少しだけなら、いいですよ」

佐々木は、礼を言うと、部屋に上がった。凛は、急いで部屋を片付けた。

「どうぞ、お座りください。あの…本当に、ラジオを聴いて、わざわざ来てくださったんですか？」

佐々木は、ソファーに腰掛け、優しい眼差しで凛を見つめた。「ええ。星川さんのメッセージには、現代社会を生きる多くの女性が抱える孤独や不安が、痛いほど伝わってきました。もちろん、お話を伺うのは無料です。ボランティアのようなものですから」

凛は、ますます警戒心を強めた。無料のボランティア？ そんなうまい話があるのだろうか。

「…ありがとうございます。でも、どうしてそこまで、私のために？」

佐々木は、微笑んだ。「星川さんのような、頑張っている女性を応援したいんです。少しでも、その心の重荷を軽くするお手伝いができれば、嬉しいと思っています」

凛は、しばらく佐々木の顔を見つめていた。その瞳には、嘘や偽りは感じられなかった。

「…実は、最近、本当に疲れてしまって。仕事もそうですけど、それ以外にも、いろいろと悩んでいることがあって…」

凛は、少しずつ、自分の悩みを話し始めた。仕事のこと、人間関係のこと、将来への不安。普段は誰にも言えない、心の奥底に隠していた本音を、佐々木に打ち明けた。

佐々木は、真剣な表情で、凛の話に耳を傾けた。時折、相槌を打ち、共感の言葉を述べた。凛は、佐々木の温かい眼差しと優しい言葉に、心が癒されていくのを感じた。

「…そうだったんですね。星川さんは、とても繊細で、優しい心の持ち主なんですね。だからこそ、周りの人の気持ちに敏感になりすぎて、疲れてしまうのかもしれません」

凛は、ハッとした。図星だった。いつも、周りの顔色を窺い、相手の期待に応えようとして、無理をしてしまう。

「…どうしたら、もっと楽に生きられるんでしょうか？」

佐々木は、少し考えてから、言った。「一番大切なのは、自分を大切にすることです。自分の気持ちに正直になり、無理をしないこと。そして、時には、誰かに頼ることも大切です」

凛は、涙がこぼれそうになった。誰かに頼ること。それは、今まで、自分には許されないことだと思っていた。

「…でも、誰かに頼ったら、迷惑をかけてしまうんじゃないかって、思ってしまうんです」

佐々木は、首を横に振った。「そんなことはありません。人は、誰かに頼られることで、自分の存在意義を感じるものです。星川さんが誰かを助けるように、誰かも星川さんを助けたいと思っているはずです」

凛は、佐々木の言葉に、少しずつ希望を見出し始めた。

「…ありがとうございます。なんだか、少しだけ、心が軽くなった気がします」

佐々木は、微笑んだ。「それは良かったです。もし、また何か悩むことがあったら、いつでも連絡してください。私は、いつでも星川さんの味方です」

佐々木は、連絡先を記したカードを凛に渡した。

「…今日は、本当にありがとうございました」

佐々木は、立ち上がり、凛に深々と頭を下げた。「こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました。では、私はこれで失礼します」

佐々木は、凛の部屋を後にした。

凛は、佐々木が残したカードを手に、ソファーに座り込んだ。カードには、佐々木の名前と電話番号、そして、「あなたの心の応援団長」という肩書きが書かれていた。

凛は、カードを握りしめ、窓の外を眺めた。雨は止み、澄んだ空には、星が輝いていた。

「…孤独な流れ星、か…」

凛は、小さく呟いた。名前負けしないように、明日からは、もう少し、自分を大切にしようと思った。

そして、いつか、本当に誰かの心の光になれるように、頑張ってみようと思った。

数日後、凛は、佐々木に電話をかけた。

「…あの、佐々木さんですか？ 星川です。あの…もし、よろしければ、今度、ご飯でも、ご一緒していただけませんか？」

電話の向こうで、佐々木は、嬉しそうに言った。「もちろんです。喜んで！」

凛は、受話器を握りしめ、微笑んだ。新しい一歩を踏み出す勇気が、湧いてきた。

しかし、その夜、佐々木のマンションの一室で、ラジオのパーソナリティが、薄ら笑いを浮かべて、パソコンを操作していた。

「…孤独な流れ星、攻略完了、っと。リストに追加だな。ボランティア精神、大成功！ 次は、どんな可愛い子が、悩みを抱えているかな…」

画面には、都内の若い女性たちの個人情報が、ずらりと並んでいた。

そして、その中には、凛の写真とメッセージも、記録されていた。

ラジオから流れる軽薄な声は、今日もまた、孤独を抱える誰かの心を、巧妙に誘っていた。