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## 薄暮色の誘惑

夕暮れの駅前広場は、一日の喧騒が名残惜しそうに尾を引いていた。噴水の水音だけが、どこか寂しげに響いている。人混みを縫うように、彼女は一人、小さな缶ビールを握りしめていた。

名前は美咲。年齢は二十代後半。ふわりとウェーブのかかった髪は夕日に染まり、どこか憂いを帯びた瞳が、行き交う人々をぼんやりと見つめていた。ショート丈のデニムに、胸元がざっくりと開いた白いカットソー。その姿は、確かに周囲の視線を惹きつけるだけの艶やかさを持っていた。

美咲は、誰もが羨むような若妻だった。夫の健太は優しく、仕事も安定している。新築の一軒家で、不自由のない生活を送っていた。しかし、心の奥底には、言いようのない渇きが常にまとわりついていた。

健太は仕事が忙しく、帰りが遅い日が多かった。週末も、ゴルフや会社の付き合いで家を空けることが少なくない。美咲は、そんな生活に少しずつ寂しさを募らせていた。

缶ビールを飲み干し、美咲はため息をついた。家に帰っても、健太はまだ帰ってこないだろう。テレビを見て、適当な夕食を済ませ、一人で眠る。そんな毎日に、彼女はうんざりしていた。

ふと、視界の端に、派手な衣装を身につけた若い女性二人が映った。ミニスカートに厚底ブーツ、けばけばしいメイク。彼女たちは、楽しそうに笑いながら、通行人の男性たちに声をかけていた。

美咲は、そんな彼女たちの姿を、どこか羨ましそうに見つめていた。自分にはもう、あんな大胆な行動はできない。結婚して、妻という立場になった今、そんなことをしたら、健太に申し訳ない。そう思っていた。

しかし、心の奥底では、抑えきれない衝動が渦巻いていた。誰かに構ってほしい。誰かに愛されたい。そんな気持ちが、美咲の心を蝕んでいた。

意を決したように、美咲は立ち上がった。そして、人混みの中に、ゆっくりと足を踏み入れた。

その日の夜、美咲は馴染みのない街を、少し緊張した面持ちで歩いていた。先程の二人組の女性たちの姿を思い出し、自分も思い切って声をかけてみようかと考えたが、やはり勇気が出なかった。

すると、背後から声をかけられた。「もしもし、お姉さん。ちょっといいですか？」

振り返ると、そこに立っていたのは、いかにも遊び慣れた雰囲気の若い男性二人組だった。美咲は少し戸惑いながらも、警戒心を露わにしないよう努めた。

「何かご用ですか？」

「いや、別に。ただ、お姉さんが綺麗だったから、ちょっと話してみたくなっただけだよ」

男の一人が、ニヤニヤしながらそう言った。美咲は、内心では動揺していたが、平静を装って答えた。

「そうですか。でも、私は急いでいるので」

そう言って、立ち去ろうとした美咲を、もう一人の男が引き止めた。

「そんなこと言わないで。せっかく会えたんだから、ちょっとだけでも付き合ってよ。美味しいお酒でも飲みに行こうよ」

美咲は、誘いを断ろうとしたが、男たちの熱心な誘いに、次第に心が揺らいでいった。もしかしたら、今夜は誰かと一緒に過ごせるかもしれない。そう思った途端、体の奥底から熱いものがこみ上げてきた。

結局、美咲は男たちの誘いに乗り、近くのバーに行くことになった。店内は薄暗く、ジャズの音楽が静かに流れていた。美咲は、カウンターに座り、グラスを傾けながら、男たちとの会話を楽しんだ。

男たちは、美咲に様々な質問を投げかけてきた。仕事は何をしているのか。休日はどのように過ごしているのか。好きな音楽は何なのか。美咲は、少しずつ自分のことを話し始めた。

話しているうちに、美咲は、自分が普段抱えている寂しさや不満を、男たちに打ち明けていた。健太との関係、仕事の悩み、将来への不安。美咲は、堰を切ったように、自分の感情を吐き出した。

男たちは、美咲の話を真剣に聞いてくれた。そして、美咲の気持ちを理解しようと努めてくれた。美咲は、そんな男たちの優しさに、心が温まるのを感じた。

気がつくと、時刻は深夜を回っていた。美咲は、酔いが回って、少し意識が朦朧としていた。男たちは、そんな美咲を心配し、タクシーを呼んでくれた。

タクシーに乗り込んだ美咲は、男たちに感謝の言葉を伝えた。そして、窓から見える夜景をぼんやりと眺めながら、今日一日の出来事を振り返っていた。

バーでの出来事を思い出すと、胸の奥が熱くなった。男たちとの会話、優しい言葉、温かい眼差し。美咲は、久しぶりに誰かに必要とされているような気がした。

タクシーは、美咲の家に着いた。美咲は、運転手に料金を支払い、タクシーを降りた。そして、鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。

家の中は、静まり返っていた。健太はまだ帰ってきていない。美咲は、リビングのソファに腰を下ろし、深く息を吐き出した。

今日一日の出来事が、まるで夢だったかのように感じられた。男たちとの出会い、バーでの会話、そして、帰りのタクシー。美咲は、自分が今、どこにいるのか、何をしているのか、わからなくなっていた。

ふと、美咲は、自分の胸元が大きく開いていることに気がついた。カットソーのボタンがいくつか外れており、下着が露わになっている。美咲は、慌ててボタンを留め直した。

しかし、心の奥底では、何かが弾けたような気がした。今まで抑えてきた感情が、一気に爆発したような感覚だった。美咲は、立ち上がり、ふらふらと寝室に向かった。

ベッドに倒れ込んだ美咲は、そのまま眠ってしまった。夢の中で、美咲は、誰かに抱きしめられているような気がした。温かくて、優しくて、力強い腕に、包み込まれているような感覚だった。

翌朝、美咲は、寝室のカーテンを開けた。眩しい朝日が、部屋いっぱいに差し込んだ。美咲は、体を起こし、ゆっくりと伸びをした。

昨夜の出来事を思い出すと、顔が赤くなった。男たちとの出会い、バーでの会話、そして、帰りのタクシー。美咲は、自分が一体何をしてしまったのか、後悔の念に苛まれた。

しかし、同時に、心の奥底には、どこか満たされたような気持ちがあった。久しぶりに誰かと話せたこと、自分の気持ちを打ち明けられたこと、そして、誰かに必要とされていると感じられたこと。

美咲は、ベッドから起き上がり、洗面所に向かった。鏡に映った自分の顔を見つめると、そこに映っていたのは、昨日までの自分とは少し違う、どこか吹っ切れたような表情の女性だった。

美咲は、歯を磨き、顔を洗った。そして、キッチンに向かい、コーヒーを淹れた。コーヒーを飲みながら、美咲は、これからどうすればいいのか、考え始めた。

健太との関係をどうするべきか。自分の気持ちをどう伝えるべきか。そして、これから、自分はどう生きていくべきなのか。

美咲は、まだ答えを見つけられなかった。しかし、一つだけ確信していたことがあった。それは、もう二度と、昨日のような過ちを繰り返さないということ。

美咲は、コーヒーカップを置き、窓の外を見た。空は、昨日とは打って変わって、どこまでも澄み渡っていた。美咲は、深呼吸をし、新しい一日をスタートさせた。薄暮色の誘惑は、彼女の心に、深く刻み込まれた。そして、彼女の人生は、これから大きく変わっていくのかもしれない。