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## 湯けむりの約束

伊豆・熱川温泉。海風が潮の香りを運んでくる。高鳴る胸を抑えながら、私はホテルのロビーへと足を踏み入れた。待っているのは、友人であり、そして…私が密かに想いを寄せている、五十路の魅惑的な女性、涼子さんだ。

数年前、夫に先立たれた涼子さんは、明るく、しかしどこか寂しげな瞳をしていた。そんな彼女を励まそうと、何度か食事や映画に誘ったが、いつも「ありがとう、でも今はちょっと…」と、控えめに断られていた。その度に、私の心は締め付けられた。彼女の孤独を癒したい、そして、もし許されるならば、その温かい胸に抱かれたい。そんな禁断の想いが、私の中で静かに燃え上がっていた。

今回、勇気を出して、二人で温泉旅行に行こうと提案した。驚いた顔をしながらも、涼子さんは「いいわね、たまには気分転換も必要だわ」と、微笑んでくれた。その笑顔は、私の心に希望の光を灯した。

チェックインを済ませ、二人で部屋へと向かう。広々とした和室、窓の外には紺碧の海が広がっていた。涼子さんは、慣れた手つきで浴衣を手に取り、「先に温泉にでも入ろうかしら」と、柔らかな声で言った。

私は、心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、涼子さんの後について大浴場へと向かった。湯けむりが立ち込める脱衣所。涼子さんが浴衣を脱ぎ、そのしなやかな肢体を露わにした瞬間、私は息を呑んだ。歳を重ねたからこその、成熟した美しさ。滑らかな肌、豊かに丸みを帯びた乳房、そして、そこに刻まれた人生の年輪。それは、若い女性には決して出せない、妖艶な輝きを放っていた。

湯船に浸かり、二人で静かに海を眺める。温泉の温かさが、身体の芯まで染み渡るようだった。

「本当に、久しぶりにゆっくりできるわ」

涼子さんが、穏やかに呟いた。

「涼子さん、お疲れ様でした。いつも頑張っていらっしゃるから」

私がそう言うと、涼子さんはふっと微笑んだ。

「あなたもね。いつも私のこと、気にかけてくれてありがとう」

その言葉に、私の胸が熱くなった。彼女に、私の本当の気持ちを伝えるべきなのか…。しかし、友人としての関係を壊してしまうのではないかという恐れが、私を躊躇させた。

夕食は、部屋食で。新鮮な魚介類が並び、冷酒を片手に、私たちはゆったりとした時間を過ごした。会話は、昔の思い出話から、日頃の愚痴、そして将来への漠然とした不安まで、多岐にわたった。

「あのね、涼子さん」

食事が終わる頃、私は意を決して、涼子さんに話しかけた。

「あの…私、涼子さんのことが、ずっと…」

言葉が詰まってしまう。涼子さんは、私の顔をじっと見つめ、静かに私の言葉を待っている。

「…好きなんです」

やっとの思いで、そう告げた。涼子さんは、驚いた顔をしたが、すぐにその表情を和らげ、優しく微笑んだ。

「知ってたわよ」

「え…？」

「だって、あなたの瞳は、いつも私を追っていたから」

涼子さんの言葉に、私はさらに動揺した。彼女は、私の想いに気づいていたのか…。

「でも、あなたには、もっと素敵な女性が見つかるはずよ」

そう言って、涼子さんは、立ち上がり、窓の外へと目を向けた。その背中には、やはり、私には届かないような、近寄りがたい気高さのようなものがあった。

「私は…もう、そんな年だし、それに…」

彼女は、言葉を濁した。そして、浴衣の帯を解き始めた。その仕草に、私の心臓は再び激しく脈打つ。

「涼子さん、何を…」

私がそう言うと、涼子さんは、ゆっくりと私の方を振り向いた。その瞳は、先ほどの寂しげなものとは違い、どこか挑発的な輝きを宿していた。

「あなたも、欲求不満でしょう？」

その言葉に、私は何も言い返せなかった。確かに、私も、長年、涼子さんへの想いを抱きながら、ただ一人、孤独な夜を過ごしてきた。

「私も、本当は、あなたのような若い男性と、もう一度、愛し合ってみたいと思っていたのよ」

涼子さんは、そう言って、私の傍へと歩み寄ってきた。そして、その温かい手を、私の頬にそっと触れた。

「でも、もう、そんなこと、許されないと思っていたわ」

彼女の指先が、私の首筋をなぞる。その感触に、私の身体は熱くなった。

「涼子さん…」

私の声は、掠れていた。涼子さんは、私の顔を覗き込み、そして、ゆっくりと、私の唇に触れた。

それは、まるで、長年待ち続けた、禁断の果実を味わうような、甘く、そして危険なキスだった。

彼女の体温が、私に伝わってくる。湯けむり越しに、二人の吐息が混じり合う。

「もう、我慢しなくていいのよ」

涼子さんは、そう囁いた。そして、私たちの身体は、自然と、そして激しく求め合うように、一つになった。

それは、熟年ならではの、濃密で、それでいて、どこか切ない愛の交合だった。人生の酸いも甘いも知った、二人の身体が、互いを慰め、そして、激しく求め合った。

夜が更けるにつれて、二人の間の障壁は、徐々に溶けていった。理性という名の浴衣の帯は、解き放たれ、ただ純粋な欲求だけが、私たちを突き動かしていた。

翌朝、窓の外には、眩しい太陽が昇っていた。部屋には、まだ、熱を帯びた空気が残っている。

隣で眠る涼子さんの寝顔は、昨夜の情熱的な表情とは打って変わり、穏やかで、そして幸せそうだった。

私は、そっと、涼子さんの髪を撫でた。この瞬間が、永遠に続けばいいのに、と心から願った。

「ありがとう、涼子さん」

私がそう呟くと、涼子さんは、ゆっくりと目を開け、私に微笑みかけた。

「こちらこそ、ありがとう。あなたのおかげで、私も、もう一度、若返ったような気がするわ」

その言葉に、私の心は温かいもので満たされた。

この旅は、私にとって、そして涼子さんにとっても、単なる温泉旅行ではなかった。それは、失われていた情熱を取り戻し、もう一度、人生に光を見出すための、私たちだけの、特別な時間だったのだ。

伊豆の海風は、私たちの秘密を優しく包み込み、湯けむりは、二人の間の絆を、より一層、濃密なものへと変えていった。そして、私たちは、この温泉紀行を、人生の新たな一歩として、静かに、しかし確かな希望と共に、歩み始めるのだった。