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## 錆びたドアの向こう側

雨の音が、やけに大きく聞こえた。古びたアパートの壁を叩きつけるように降り注ぐ雨は、まるで俺の心の中の不安を具現化したかのようだった。KMP、20周年。あのキャッチコピーが、頭の中でリフレインする。病みつき注意、秒速プレイ、骨抜き…。脳味噌を直接刺激してくるような、下品で扇情的な言葉の羅列。

俺は、30歳を目前にした冴えないシステムエンジニア。地味な服を着て、コンタクトレンズの奥に隠された瞳は、常にモニターの光を反射している。恋人もいない。友達も少ない。休日は、溜まったアニメを消化するか、近所のスーパーで割引シールが貼られた弁当を買って帰るくらいだ。

そんな俺が、なぜこんな場所にいるのか。それは、一週間前に届いたダイレクトメールが原因だった。真っ赤な封筒に、あのKMPのロゴ。最初はゴミ箱に捨てようと思った。でも、なぜか手が止まった。好奇心か、それとも諦念か。理由はわからない。ただ、あの過激なコピーに、抗えない魅力を感じてしまったのだ。

そして今日、俺は、そのダイレクトメールに書かれた住所、この古びたアパートの前に立っている。錆び付いたドアの前で、心臓が爆発しそうに高鳴っていた。

意を決して、ドアノブを回す。ギィ…と鈍い音を立てて、ドアはゆっくりと開いた。

目の前に広がった光景は、予想とは全く違っていた。

薄暗い廊下。剥がれかけた壁紙。鼻を突くのは、カビの臭い。そして、奥から聞こえてくるのは、子供たちの騒ぐ声と、母親らしき女性の優しい歌声だった。

「…え？」

予想していたのは、ネオンが輝く退廃的な空間。そこで、過激な制服に身を包んだ少女が、俺を待ち構えているはずだった。しかし、現実はあまりにもかけ離れている。

恐る恐る奥へと進んでいく。廊下の突き当たりに、小さな扉があった。そこから、先程聞こえてきた子供たちの声が、より鮮明に聞こえてくる。

扉を開ける。

そこは、簡素なプレハブ小屋のような場所だった。壁には、子供たちが描いたであろう、クレヨンで描かれた絵が所狭しと貼られている。数人の子供たちが、積み木をしたり、絵本を読んだりして遊んでいた。そして、その中心には、一人の女性がいた。

膝丈のスカートに、シンプルなブラウス。長い髪を後ろで一つに結び、優しい笑顔を浮かべている。その姿は、どこにでもいる普通の母親、といった印象だった。

その女性が、俺に気づいた。

「あら、いらっしゃい。もしかして、KMPの方ですか？」

その声は、驚くほど穏やかで、優しかった。

「え…あ、はい…」

俺は、あまりの状況の違いに、言葉を失っていた。

「KMPの、代表の…ミサキと申します」

ミサキと呼ばれた女性は、深々と頭を下げた。

「…あの、すみません。ここは…一体？」

俺は、混乱を隠せないまま、尋ねた。

「ここは、私たちが運営している、子供たちのための学童保育なんです」

ミサキは、笑顔で答えた。

「学童保育…？」

「はい。私たちは、親御さんが仕事で忙しい間、子供たちを預かり、一緒に遊んだり、宿題を見たりしています」

俺は、目の前の光景と、ダイレクトメールに書かれていた過激なコピーとが、どうしても結びつかなかった。

「…でも、KMPって…」

「ああ、KMPですね。それは、私たちが立ち上げた、NPO法人の名前なんです。『Kids Make Progress』、子供たちの成長を支援する、という意味を込めて」

ミサキは、少し照れながら答えた。

「20周年って書いてあったから…」

「ええ、そうなんです。最初は小さな活動でしたが、おかげさまで20年間、こうして子供たちの成長を見守ることができています」

俺は、ようやく理解した。あのダイレクトメールは、単なる宣伝文句だったのだ。子供たちの成長を支援するための寄付を募るための、キャッチーな、言い換えれば、誤解を招くような、宣伝文句。

「あの…すみません。勘違いしてました」

俺は、赤面しながら謝罪した。

「いえいえ、大丈夫ですよ。KMPの名前で、いろいろ誤解されることも多いんです。でも、こうして来ていただけただけでも、嬉しいです」

ミサキは、優しく微笑んだ。

その時、一人の女の子が、ミサキの元に駆け寄ってきた。

「ミサキ先生！この絵、見て！」

女の子は、クレヨンで描かれた絵を、ミサキに見せた。それは、笑顔の家族の絵だった。

「わあ、上手ね！とっても素敵な家族だわ！」

ミサキは、女の子の頭を撫で、褒めた。

その光景を、俺はただ、静かに見つめていた。

雨は、いつの間にか止んでいた。窓の外には、虹がかかっていた。

俺は、ミサキに、少しだけ話を聞くことにした。KMPの活動内容、子供たちの現状、そして、彼女自身の思い。

ミサキの話は、俺の胸に深く響いた。彼女は、子供たちの未来のために、必死に活動していた。資金繰りは常に厳しく、人手も足りない。それでも、彼女は諦めなかった。なぜなら、彼女は、子供たちの笑顔を守りたいと、心から願っていたからだ。

俺は、ミサキの話を聞きながら、自分がどれだけ狭い世界に閉じこもっていたのかを痛感した。モニターの光だけを追いかけ、目の前の現実から目を背けていた。

「何か、私にできることはありますか？」

俺は、勇気を振り絞って尋ねた。

ミサキは、少し驚いたように、俺を見つめた。

「え…？本当に？」

「はい。システムエンジニアなので、何かお手伝いできることがあるかもしれません」

「…ありがとう！本当に嬉しいです！」

ミサキは、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、まるで太陽のように眩しかった。

それから、俺は、週末になると、KMPの学童保育に通うようになった。最初は、パソコンのメンテナンスや、簡単な事務作業を手伝っていた。でも、次第に、子供たちと触れ合う時間が増えていった。

一緒に遊んだり、宿題を見たり、絵本を読んだり。最初は戸惑っていた俺も、子供たちの無邪気な笑顔に、次第に癒されていった。

子供たちは、俺を「お兄ちゃん」と呼んで慕ってくれた。それは、これまで誰にも呼ばれたことのない、温かい響きだった。

そして、ミサキとの距離も、少しずつ縮まっていった。

ある日、学童保育が終わった後、ミサキと二人で、近所のカフェに行った。

「本当に、ありがとうございます。あなたがいなかったら、どうなっていたことか…」

ミサキは、感謝の言葉を口にした。

「いえ、こちらこそ。子供たちと触れ合うことで、自分が変わっていくのを感じています」

俺は、正直な気持ちを伝えた。

「…あなたみたいな人が、もっとたくさんいたら、きっと、子供たちはもっと幸せになれると思うんです」

ミサキは、少し寂しそうな表情で言った。

「…頑張ります。できる限り、KMPの活動をサポートしていきたいです」

俺は、力強く答えた。

その時、ミサキは、そっと俺の手を握った。

「ありがとう…」

その手の温かさは、俺の心に、じんわりと染み渡った。

雨は、完全に上がり、空には、美しい夕焼けが広がっていた。

俺は、錆びたドアの向こう側で、本当に大切なものを見つけた。それは、過激な快楽ではなく、子供たちの笑顔と、一人の女性の温かさだった。

あのダイレクトメールは、確かに誤解を招くものだったかもしれない。でも、もし、あの時、あのダイレクトメールをゴミ箱に捨てていたら、俺は、きっと、この出会いを逃していただろう。

そして、俺は、これからも、KMPの活動をサポートしていくことを決意した。それは、義務感からではなく、心からの、純粋な思いからだった。

俺は、錆びたドアの向こう側で、新しい人生を歩み始めたのだ。

あの時、KMPのダイレクトメールに書かれていたのは、確かに「病みつき注意！！玄関開けたら過激な制服の激カワ女子○生が秒速プレイ開始！！勃起したら最後。速攻骨抜きになるまで舐められしゃぶられ搾り取られる最高感覚！！これってもはや反則でしょ。無理です。出ます」という、とんでもないキャッチコピーだった。

でも、俺にとって、それは、全く違う意味を持つ言葉になった。

病みつきになったのは、子供たちの笑顔。
秒速で始まったのは、子供たちとの触れ合い。
骨抜きにされたのは、孤独な心。
舐められしゃぶられ搾り取られたのは、時間と体力。
最高感覚は、子供たちの成長を見守る喜び。
反則だったのは、ミサキの優しさ。
無理だったのは、彼女を応援せずにはいられない気持ち。
出たのは、心からの感謝の涙。

そして、俺は、今日も、KMPの学童保育へと向かう。

錆びたドアの向こうには、今日も、子供たちの笑顔が、俺を待っている。