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地方には、まだ「夢」が眠っている。僕がそう確信したのは、あの夏の日のことだった。

僕は東京で育ち、高層ビル群とネオンサイン、そして絶え間ない喧騒が当たり前の世界で生きてきた。しかし、あるプロジェクトで地方の小さな町を訪れた際、僕の世界観は根底から覆されることになる。それは、一人の少女との出会いから始まった。

彼女の名前は、ひなた。町の片隅にある古い商店街の一角で、小さな雑貨店を営む祖母の手伝いをしているという。初めて彼女に会ったのは、その雑貨店の前だった。色褪せた暖簾をくぐると、そこには埃っぽいけれどどこか懐かしい空気が漂っていた。そして、店の奥で埃まみれの品物を黙々と整理していたひなたの姿があった。

化粧気はほとんどなく、洗いざらしのシンプルなTシャツにデニムのサロペット。流行りとは無縁の、素朴で飾り気のないその姿は、僕が東京で見てきたどんな女性とも違っていた。彼女は、この町で最低賃金で働いていると語った。そして、彼女の金銭感覚は、僕が知る都市部のそれとは全く異なっていた。

「服にお金をかけるのは、ちょっともったいない気がして」

彼女は少し照れたようにそう言った。最新のブランドやトレンドにはほとんど関心がなく、流行っているお店で買い物をすることにも、あまり価値を見出していないようだった。

「私がオシャレな服を着たって、誰も興味ないと思いますよ」

その言葉に、僕は思わず胸が高鳴った。自分の価値に全く気付いていない、その純粋さ。東京では、誰もが自分をどう見せるか、どうアピールするかを必死に考えている。しかし、彼女はそんなことに全く興味がない。その無垢な瞳の中に、僕が失ってしまった何かを見た気がした。

ある日の午後、彼女を連れて近所の大きなショッピングモールへ行った。都会では当たり前の光景に、彼女は目を輝かせていた。ガラス張りの高層ビル、きらびやかなイルミネーション。彼女は、遠くに見える東京の街並みを思い浮かべたのだろうか。

「どれが都庁ですか？」

彼女は、きょろきょろと辺りを見回しながら、そんなことを言った。そこは東京ではなかったし、都庁なんてあるはずもない場所だ。しかし、その見当違いでどこか的外れな質問が、なぜかたまらなく可愛く思えた。まるで、子供のような無邪気さだった。

僕たちは、カフェで休憩することにした。そこで、僕は彼女にある提案をした。それは、ある種の「契約」だった。しかし、彼女はおそらく「愛人契約」という言葉の意味を、完全に理解していなかっただろう。僕が提示したのは、彼女が一生懸命働いているこの町の時給よりも、ずっと高い金額だった。

最低賃金で働いているという彼女に、時給696円の話をした。その金額に、彼女はただただ頷いていた。しかし、僕が提示した契約では、それに211円上乗せした時給907円を約束したのだ。

「本当にいいんですか？」

彼女は、信じられないといった表情で目を丸くして、そして、ゆっくりと、しかし確実に表情を輝かせた。その小さな喜びが、僕の心を温かく満たしていった。彼女にとって、その差額は決して小さくなかったのだろう。彼女の純粋な驚きと喜びが、僕の胸を強く打った。

僕が彼女に提供した金銭的な対価は、決して高額なものではなかった。しかし、彼女の純粋な反応は、東京でどれだけ多くの人がお金の価値に支配されているかを改めて思い知らされた。ひなたは、金銭的な豊かさよりも、日々の生活の安定や、家族との繋がりを大切にしているように見えた。

数時間、僕たちは一緒に過ごした。彼女は、時折、都会のビルや車の話をする僕の話に耳を傾け、時折、自分の町の小さな出来事を楽しそうに話した。彼女の世界は、僕のそれとは全く違っていたが、その違いこそが、僕を惹きつけたのかもしれない。

彼女との別れ際、僕はふと思った。地方には、まだこんなにも「ダイヤの原石」がゴロゴロしているのだと。都会の洗練された輝きとは違う、自然で素朴な輝き。それを磨き上げれば、きっとどんな宝石よりも美しい輝きを放つだろう。

地方に住みたいと思う人の気持ちが、その時、僕には痛いほどよく理解できた。そこには、便利さや刺激といった、都会が提供するものは少ないかもしれない。しかし、そこには、失われつつある純粋さや、人間らしい温かさ、そして何よりも、まだ見ぬ可能性が眠っている。

僕がひなたに惹かれたのは、彼女が持っていた「純粋さ」という名のダイヤモンドだった。都会の喧騒から離れ、心に余裕を持てたからこそ、僕はその輝きに気づくことができたのだろう。

東京に戻ってからも、僕は時折ひなたのことを考えた。彼女が、僕の提示した時給で、笑顔で毎日を過ごしているだろうか。彼女の純粋さが、この町の空気に触れ続けることで、さらに磨かれていくのだろうか。

地方には、まだ「夢」が眠っている。そして、その夢は、僕たちが都会で忘れかけている大切な何かを、思い出させてくれるのかもしれない。僕にとって、ひなたとの出会いは、そんな夢への扉を開ける鍵となったのだ。彼女は、僕に「地方」という、まだ見ぬ魅力的な世界への憧れを植え付けてくれた。いつかまた、あの小さな町を訪れ、ひなたの笑顔に再会できる日を楽しみにしている。彼女の純粋な輝きが、これからも失われないことを願いながら。