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マンションの窓から、夕暮れの街がオレンジ色に染まっていく。鮎子は、夕食の準備をしながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。今日のメニューは、鶏肉のソテーと根菜の煮物。栄養士として、バランスの良い食事を心がけているつもりだが、最近は、自分が作っている料理を、本当に美味しいと感じているのか、分からなくなっていた。

鮎子（月城 鮎子）は30歳。市民向けの食生活講座の講師として、日々、栄養バランスの大切さを説いている。しかし、彼女自身は、生活に彩りがないと感じていた。職場とマンションの往復、淡々とした毎日。唯一の楽しみは、週末に図書館へ行き、静かに本を読むことくらいだ。

そんな鮎子と共同生活をしているのは、イサオ（山形 イサオ）と宇津保（瀬木 宇津保）、二人の大学院生だ。イサオはロックバンドのボーカル、宇津保はベース担当。二人は、大学院の研究よりも、バンド活動に熱中しているように見えた。

「鮎子さん、ビール！」イサオが、練習を終え、玄関から元気よく叫んだ。

「はい、冷蔵庫にありますよ」鮎子は、淡々と答える。

二人の生活は、想像を絶する混沌としていた。洗濯物は山積みになり、ゴミは溢れ、部屋は楽器や楽譜で埋め尽くされている。鮎子は、そんな二人の生活空間を、まるで自分ではない誰かのように、黙々と片付けていた。

ある日、講座に参加した若い女性から、「先生のお料理教室に通いたいんです」と熱心に声をかけられた。鮎子は、少し照れくさそうに頷いた。その女性は、健康に気を遣いながらも、食事を楽しんで生きているようだった。彼女の生き生きとした姿を見て、鮎子は、自分の生活の平板さに改めて気づかされた。

その夜、イサオと宇津保は、いつものようにバンド練習に興じていた。けたたましい音に、鮎子は少しイライラした。しかし、その音の向こうに、彼らの真剣さ、夢を追いかける情熱を感じた気がした。

「ねえ、イサオ、宇津保。明日は、私の作った料理をみんなで食べようよ」鮎子は、提案してみた。普段はあまり発言しない彼女の発言に、二人は少し驚いた様子だったが、快諾してくれた。

翌日の夕食は、いつも以上に賑やかだった。鮎子が作った料理を褒め称え、イサオと宇津保は、バンド活動の苦労話や、将来の夢を熱心に語った。鮎子は、彼らの話を真剣に聞き、一緒に笑い、一緒に食事をする喜びを味わった。

それからというもの、鮎子の生活は少しずつ変わっていった。週末は、イサオと宇津保と、近所の公園でバーベキューをしたり、映画を見に行ったりした。時には、彼女が栄養士としての知識を活かし、二人に栄養満点の料理教室を開いたりもした。

マンションのベランダで、三人が並んで夕日を眺めていると、イサオが言った。「鮎子さんのおかげで、毎日が楽しいよ」。宇津保もそれに頷いた。

鮎子は、自分の淡々とした日常に、少しずつ色が付き始めていることに気づいた。それは、イサオと宇津保との共同生活、そして、講座の受講生たちとの出会い、そして、自分自身で積極的に人生を彩ろうとしたことによる変化だった。

彼女は、栄養バランスの良い食事を作るだけでなく、人生という名の料理にも、様々なスパイスを加えることを学び始めていた。それは、決して華やかなものではないかもしれない。しかし、確実に、彼女自身の心を満たしていく、温かい、そして、美味しい料理だった。

ある日、鮎子は新しいレシピを試すことにした。それは、彼女が独学で学んだ、少し凝ったケーキだった。出来上がったケーキを、イサオと宇津保と三人で分け合い、静かに、そして幸せな時間を過ごした。

窓の外には、満月が輝いていた。鮎子は、静かに、そして穏やかな気持ちで、明日のことを考えた。明日は、新たな受講生たちが、彼女の講座にやってくる。彼女は、彼らに、栄養バランスの良い食事だけでなく、人生を豊かにする秘訣も伝えたいと思っていた。彼女の日常は、もはや淡々としたものではなく、温かく、そして希望に満ちたものになっていたのだ。そして、彼女は、自分自身の変化を、静かに、そして、確信を持って感じていた。