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## 薄明の楽園

都心の片隅にある、古びた雑居ビルの三階。そこが、零細AVメーカー「エロス・エンタープライズ」の本拠地だった。社長兼プロデューサーの私は、今日も頭を抱えていた。

「マジかよ…」

目の前には、編集が終わったばかりの最新作のパッケージデザイン案が置かれている。タイトルは『薄明の楽園～熟女百花繚乱・禁断の果実収穫祭～』。

正直、タイトルからしてどうかしている。

事の発端は、半年前。古くからの友人で、自称「熟女マニア」の佐々木から持ち込まれた企画だった。「還暦過ぎても、女は女なんだよ！その可能性を映像に刻み込むべきだ！」と、熱く語る佐々木を前に、私は完全に辟易していた。

しかし、斜陽の一途を辿るAV業界において、ニッチなニーズを掘り起こすことは生き残るための必須条件だ。熟女専門という、ある意味で尖った企画は、起死回生の一手になるかもしれない。そう考えた私は、渋々ながらも企画を承認した。

「ただ、佐々木…お前、年齢設定おかしくないか？」

パッケージに並ぶ出演者の年齢層を見て、改めて疑問が湧き上がってきた。最高齢70代というのは、まあ、ギリギリ許容範囲だろう。しかし、最低年齢が40歳というのは、熟女というには若すぎるのではないか。

「だって、しょうがないじゃないですか！40代の彼女を見た瞬間、脳みそが爆発したんですもん！本能がGOサインを出したんです！」

佐々木は、目を輝かせながら弁解する。そのあまりの熱量に、私は眩暈を覚えた。

「わかった、わかった。もういい。とにかく、これでいくぞ」

私は、半ば諦め気味にデザイン案を承認した。

制作期間は、まさに地獄だった。佐々木は、キャストの選定から撮影、編集に至るまで、あらゆる場面で独自のこだわりを爆発させた。

「わき毛は絶対に剃らないでください！あれこそが、熟女の証なんです！」

「陰毛に白髪が混じっているアングルを、もっと強調してください！」

「もっと甘えるように！もっとお母さんのように！」

彼の要求は、日に日にエスカレートしていった。私は、佐々木に対する殺意を抑えるのに必死だった。しかし、マニア向けの作品は、やはりマニアが作るべきだ。そう言い聞かせ、私は彼の暴走を黙認した。

そして、ついに完成した『薄明の楽園』は、前代未聞の作品となった。70代の女性たちが、人生の機微を体現するかのように艶めかしい姿を披露する。40代の女性たちは、若さゆえの奔放さと、大人の色気を兼ね備えている。

映像は、正直、万人受けするものではない。しかし、その異様なまでの熱量は、一部のマニアの心を確実に掴むだろう。

発売から一週間。予想通り、売れ行きは芳しくなかった。しかし、インターネット上では、熱狂的なレビューが散見されるようになった。

「これは、熟女AVの革命だ！」

「佐々木氏の情熱に、敬意を表します！」

「熟女の新たな可能性を教えてくれた！」

レビューの内容は、過激で偏っているものが多かったが、熱狂的なファンが存在することは明らかだった。

そんなある日、一人の女性が、エロス・エンタープライズにやってきた。彼女は、深く帽子を被り、顔を隠していた。

「あの…社長さん、いらっしゃいますか？」

彼女の声は、かすれていて、どこか怯えているようだった。

「私が社長だが…何か御用ですか？」

私は、警戒しながら彼女に尋ねた。

彼女は、深呼吸をして、顔を上げた。その顔を見た瞬間、私は息を呑んだ。彼女は、『薄明の楽園』に出演していた、40代の女性だった。

「あの…出演料の件で、少しお話が…」

彼女は、そう言うと、俯いてしまった。

私は、彼女を応接室に案内し、話を詳しく聞いた。彼女の話は、衝撃的なものだった。

「実は…佐々木さんから、撮影前に『特別なサービス』を強要されたんです」

彼女は、涙ながらに訴えた。佐々木は、彼女に対し、契約とは異なる性的な行為を強要し、それを拒否すると、出演料を支払わないと脅したという。

私は、怒りで全身が震えた。佐々木の行為は、絶対に許されるものではない。

「すぐに弁護士に相談します。絶対に、佐々木を許さない」

私は、彼女に約束した。

数日後、佐々木は、警察に逮捕された。彼の罪は、強要罪と詐欺罪だった。

『薄明の楽園』は、発売中止となり、エロス・エンタープライズは、世間からの非難を浴びた。私は、社長として、責任を痛感した。

しかし、私は、この出来事を無駄にはしない。私は、AV業界の健全化のために、全力を尽くすことを誓った。

数年後、私は、業界団体を設立し、AV出演者の権利保護のための活動を始めた。そして、かつての出演者たちと協力し、性暴力のない、安全な撮影環境を実現するために奔走した。

あの時の苦い経験は、私を大きく成長させた。私は、これからも、AV業界の未来のために、戦い続けるだろう。

そして、いつか、本当に美しい、人間の尊厳を描いた作品を、世に送り出したい。それが、私の夢だ。