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## 宝石箱の夜

摩天楼が夜空に鋭い牙を突き立てる。ネオンの洪水がアスファルトを濡らし、街は熱を帯びていた。そんな都会の喧騒の中心、雑居ビルの最上階にあるバー「セレナーデ」の扉を開けるのは、俺、蒼馬（そうま）だ。

「いらっしゃいませ」

エントランスに立つのは、まるで氷の彫刻のように冷たく、それでいて内に燃える炎を秘めたような美貌の女性。淡いブルーのドレスは彼女の細くしなやかな身体を優美に包み、すらりと伸びた首筋にはダイヤモンドのネックレスが星屑のように輝いていた。彼女の名前は、アリア。この「セレナーデ」の顔であり、俺がこれまでナンパしてきた中で、いや、人生で出会った中でも類稀なる存在だ。

「やあ、アリア。いつもの席、空いてるかな？」

俺は軽やかに声をかけた。アリアは微かに微笑んだ。その微笑みは、どれだけ多くの人間が彼女に魅了されてきたかを知っているかのような、余裕に満ちたものだった。

「蒼馬さん、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

彼女に案内されたのは、窓際の一番良い席。東京の夜景を一望できる特等席だ。俺はアリアが淹れてくれた、芳醇な香りのブランデーを一口煽った。

「今日も最高に綺麗だね、アリア」

「お世辞でも嬉しいですわ、蒼馬さん」

アリアはそう言うと、俺の隣に腰を下ろした。彼女の纏う香水は、夜の露に濡れた薔薇のよう。この「セレナーデ」は、俺のような者でも、普段なら手が届かないような、いや、そもそも出会うことすら叶わないような、そんな“宝石”たちと出会える場所だった。

俺は、いわゆるナンパ師である。だが、俺のナンパは、そこらの軽薄なものとは一線を画す。俺が求めるのは、表面的な美しさだけじゃない。内面から滲み出る知性、余裕、そして何よりも、その宝石のような輝きだ。そして、俺の「ノーリスク・ハイリターン」という哲学は、まさにそれを実現するためのものだった。

「普段では付き合えないような人でも、SEXだけならいいよね。」

これは、俺のナンパにおける鉄則だ。相手に過度な期待を抱かせず、こちらも本気で関係を求めない。ただ、刹那の煌めきを共有する。その割り切った関係こそが、互いの自由を奪わず、しかし最高に満たされた時間を生み出すのだ。そして、そんな「割り切った関係」という気軽さこそが、高嶺の花だと思っていたような女性たちに声をかける勇気を与えてくれる。

「そういえば、最近、新しい子、見かけないね？」

俺はブランデーを回しながら、アリアに尋ねた。アリアは少し間を置いてから答える。

「ええ、最近は少し落ち着いていまして。ですが、新しい“宝石”は、いつでもこの扉を開ける準備をしていますわ」

その言葉に、俺の心は高鳴った。この「セレナーデ」には、厳選された女性たちが集まる。彼女たちは皆、美しく、賢く、そして何かしらの秘密を抱えている。俺は、その秘密の扉を、ほんの一瞬だけ開けてもらう。それだけで十分なのだ。

数日前、俺はここで、ある女性と出会った。彼女の名前は、エリカ。すらりとした黒髪、大きな瞳、そしてどこか憂いを帯びた表情。まるで、一枚の絵画から抜け出してきたような人物だった。俺は、彼女が持っていた本に目を止めた。それは、俺が以前読んだことのある、哲学書だった。

「その本、面白いですよね」

俺は、彼女の静寂を破るように声をかけた。エリカは驚いたように顔を上げた。その瞳に宿る光は、まるで遠い星からの囁きのように儚かった。

「ええ、とても。あなたは…？」

「蒼馬です。このバーで、時々見かけます」

俺たちは、その本をきっかけに会話を始めた。彼女は、大学で文学を専攻しているという。その言葉遣いや、物事に対する深い洞察力は、俺がこれまで出会ったことのないタイプだった。彼女の言葉は、まるで繊細なガラス細工のように、一つ一つが丁寧に磨き上げられているようだった。

「普段、こういう場所にはあまり来ないのですが…」

エリカは、少し不安げに言った。

「大丈夫だよ。ここは、色々な人が来る場所だから。それに、君のような素敵な人がいるなら、また来たくなる」

俺は、素直な気持ちを伝えた。彼女の頬が、ほんのり赤くなったのを俺は見逃さなかった。

「…ありがとう」

その夜、俺たちは数時間語り合った。彼女の抱える孤独、人生への疑問。俺は、ただ静かに耳を傾けた。そして、別れ際、俺は彼女に伝えた。

「もし、また話したくなったら、いつでも声をかけて」

俺は、彼女に連絡先を渡すことも、次に会う約束をすることもなかった。それでいいのだ。俺は、彼女の人生のほんの一瞬に、鮮やかな彩りを与えたかっただけ。そして、彼女もまた、俺に新しい発見をもたらしてくれた。

「シコリ過ぎに注意！」

これは、俺のもう一つの鉄則だ。あまりにも深く入り込みすぎると、関係が複雑になり、互いに傷つけ合うことになる。俺は、あくまで「宝石」を愛でるように、そっと触れるだけ。その距離感こそが、俺を破滅から守ってくれる。

アリアが、俺のグラスにブランデーを注ぎ足してくれた。

「蒼馬さん、最近、楽しそうですね」

「そうかな？」

「ええ。新しい“宝石”を見つけられたのではないですか？」

アリアは、俺の心を読んだかのように微笑んだ。

「まあ、そんなところかな」

俺は、エリカのことを思い出していた。彼女の憂いを帯びた瞳、繊細な言葉遣い。彼女は、俺にとって、まさに“宝石”だった。そして、俺は、そんな宝石たちに囲まれて、この夜を過ごす。

「ところで、アリア。君は、どんな“宝石”が好きなんだい？」

俺は、アリアに問いかけた。彼女は、夜景に目をやりながら、ゆっくりと答える。

「そうですね…あまり磨かれすぎていない、原石のような輝きが好きですわ。そこに、隠された物語があるような…」

俺は、アリアの言葉に深く頷いた。俺も同じだ。完璧すぎるよりも、少し欠けた部分にこそ、人間らしさや、その人の持つ深みが現れる。そして、その「欠けた部分」こそが、俺たちの間に、ほんの少しの共感を生み出すのだ。

「つまり、俺たちみたいな、ということかな？」

俺は、軽口を叩いた。アリアは、その言葉に、ふっと笑った。

「かもしれませんわね」

彼女の笑顔は、夜景よりもずっと美しかった。この「セレナーデ」という場所は、俺にとって、そんな出会いの宝庫だ。ここでは、誰もが仮面を被り、しかしその仮面の下に、本物の輝きを隠している。俺は、その輝きを、ほんの一瞬だけ、間近で見せてもらう。

「シコリ過ぎに注意！」

何度でも自分に言い聞かせる。この刹那の輝きを、永遠に追い求めることはできない。しかし、この輝きを、心に刻むことはできる。そして、その輝きを糧に、また次の「宝石」を探しに出かけるのだ。

「もう一杯、ブランデーをもらおうかな」

俺は、アリアにグラスを差し出した。彼女は、いつものように、微笑みながらブランデーを注いでくれた。この夜は、まだ始まったばかりだ。そして、この「セレナーデ」には、まだ見ぬ「宝石」たちが、数えきれないほど眠っている。俺は、そんな宝石たちとの出会いを、これからも求めていくだろう。ノーリスク・ハイリターン。それは、俺の人生を彩る、魔法の呪文なのだから。