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雨の降る夕暮れ、薄暗いパソコンの画面に映し出された広告は、まるで湿った闇の中から伸びてきた蔓のように、怜司の心を絡めとった。「AV撮影の松下一夫塾では素人AV監督と素人AV男優を大募集中！撮影されたい内容を書いてお気軽にメールください！ ※同一シーンでアングル違いの映像を繰り返しています。あらかじめご了承ください！」

怜司は27歳、無職。夢もなく、希望もなく、ただ漠然とした不安だけが胸に渦巻いていた。大学を卒業してからも、ろくに就職活動もせず、アルバイトを転々としてきた。両親からはもう見放され、狭いアパートの一室で、日々の糧を得ることに精一杯だった。そんな彼にとって、この広告は奇妙な魅力を放っていた。

「同一シーンでアングル違いの映像を繰り返しています」という一文が、怜司の心を掴んだ。それは、まるで彼の内面を映し出したかのようだった。怜司の人生は、繰り返される同じ日々の連続だった。目覚め、アルバイトに行き、疲れて帰り、眠る。その繰り返しの中で、わずかな変化も、希望の光も見出せずにいた。

怜司は、パソコンに向かってキーボードを叩き始めた。メールには、彼の抱える漠然とした不安と、それを表現したいという衝動が綴られていた。具体的にどう撮影したいのか、彼にはよく分からなかった。ただ、この閉塞感を、何らかの形で表現したいという、強い願望があった。

数日後、返信が届いた。松下一夫塾の塾長、松下一夫本人からのメールだった。簡潔で、しかしどこか人間味を感じさせる文章だった。「君のメールを読んだ。面白いね。君の不安と希望の狭間で揺れる感情、それはまさに映画の題材になる。君のアイデアをもっと聞きたい。一度会わないか？」

怜司は、震える手で返信を打った。初めて、誰かと自分の内面を共有できるかもしれないという、かすかな希望を感じていた。

約束の日、怜司は緊張しながら松下一夫塾へ向かった。それは、古びた一軒家だった。中に入ると、予想外の光景が広がっていた。そこは、雑然としたながらも、映画愛に満ちた空間だった。壁には、様々な映画のポスターが貼られ、テーブルの上には、古いフィルムカメラやビデオカメラが散乱していた。

松下一夫は、想像していたよりもずっと穏やかな人物だった。年齢は50代後半だろうか。やわらかい笑みを浮かべながら、怜司に丁寧に話を聞いてくれた。怜司は、自分の不安や、漠然とした希望を、言葉を選びながら話した。

「君の言いたいことはよくわかったよ。君は、自分の内面を表現したいんだね。そして、その表現方法として、AVという手段を選んだ。それは、勇気のある選択だと思うよ」

松下一夫は、怜司の言葉を否定しなかった。むしろ、彼の選択を肯定してくれた。その言葉は、怜司の心を深く揺さぶった。

撮影は、怜司のアパートで行われた。監督は松下一夫、俳優は怜司自身。撮影内容は、怜司の日常を淡々と映し出すものだった。繰り返される同じ動作、変わり映えのしない風景、そして怜司の不安げな表情。

「同一シーンでアングル違いの映像を繰り返す」という松下一夫のこだわりは、怜司の人生そのものを反映していた。同じアングルからの映像は、怜司の閉塞感を、異なるアングルからの映像は、わずかな希望の光を表現していた。

撮影は、予想以上に過酷だった。同じシーンを何度も繰り返す作業は、精神的にきつかった。しかし、怜司は最後までやり遂げた。それは、自分の内面と向き合う、苦しくも貴重な体験だった。

完成した作品は、予想をはるかに超えるものだった。それは、単なるAVではなく、怜司の魂の叫びだった。繰り返される映像の中に、彼の不安と、かすかな希望が凝縮されていた。観終わった後、怜司は、初めて自分の内面を客観的に見ることができたと感じた。

松下一夫は、この作品を自主制作映画祭に出品した。そして、思わぬ賞を受賞した。それは、怜司の人生における、最初の大きな転機となった。彼は、この経験を通じて、自分自身を見つめ直し、新たな一歩を踏み出そうとしていた。雨の降る夕暮れ、パソコンの画面に映し出された広告は、もはや彼にとって、恐怖の象徴ではなく、新たな出発を告げる希望の光となっていた。