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夕焼けが、裕也の疲れた顔を朱に染めた。建設会社「未来建築」の社長室兼自宅の小さな応接室で、彼は書類の山に埋もれていた。不景気の波は容赦なく押し寄せ、会社は崖っぷちに立たされていた。奥さん、あすかには会社の苦境を隠していた。彼女の心配を少しでも減らしたい、そんな思いが彼を追い詰めていた。

あすかは、裕也の支えだった。いつも笑顔で、彼の疲れた肩を揉み、温かい食事を作ってくれた。彼女は裕也の仕事ぶりを誇りに思い、会社の将来を信じていた。裕也はそんなあすかに、少しでも良い報告がしたいと必死だった。

「ピンポーン」

不意の来客に、裕也は書類の束から顔を上げた。玄関には、社員の中田が立っていた。中田は、現場監督として長年裕也と共に会社を支えてきたベテランだった。しかし、その顔は険しく、目は怒りに燃えていた。

「中田さん…？」

裕也は戸惑いながら玄関を開けた。中田は、威圧的な雰囲気を漂わせながら、一歩家の中へ踏み込んだ。

「給料を払え」

中田の低い声は、裕也の胸に突き刺さった。

「今…今月はちょっと…」

裕也は言葉を選びながら言い訳を探った。しかし、中田は裕也の言葉を遮るように言った。

「言い訳は要らない。俺たちは家族を養っているんだ。約束された給料を払え」

中田の言葉は、裕也の心の奥底に隠していた罪悪感を抉り出した。彼は、社員の給料を滞納していたのだ。経営難を隠すために、自分の給料を削り、あすかにも内緒で、個人的な借金で会社を支えていた。

「少し待ってくれ…」

裕也は必死に言葉を繋ごうとしたが、中田は容赦なかった。

「待てない。明日までに払えなければ…」

中田の言葉は途切れた。しかし、その沈黙は裕也をさらに追い詰めた。

中田は裕也を無視し、室内に目を向けると、そこにいたあすかを見つけた。あすかは、裕也の言葉に不安そうな表情を浮かべていた。

「あんたの旦那は俺ら社員から借金をしている」

中田は、あすかに容赦なく真実を告げた。あすかは、驚きと怒りの入り混じった表情で裕也を見つめた。裕也の言葉では説明できないほどの深い失望が、彼女の瞳に映っていた。

「…嘘よ」

あすかは、震える声で否定した。しかし、中田はそれを無視し、さらに追い詰めるように言った。

「会社の状況は最悪だ。あんたの旦那は、自分の給料も削って社員に回していたが、もう限界なんだ。会社の借金は膨れ上がり、あんたが責任を取れ」

中田の言葉は、裕也とあすかの間を深く裂いた。あすかは、裕也を信じようとしていた。しかし、目の前の現実、そして中田の言葉は、その信じる心を徐々に崩していく。

その夜、裕也とあすかは沈黙を守った。二人の間に張り詰めた空気は、鋭い刃のように裕也を傷つけた。あすかは涙を流しながらも、裕也に問いただす言葉を見つけることができなかった。

裕也は、自分の愚かさを痛感した。あすかに嘘をつき、彼女を信頼を裏切ったこと。そして、社員の生活を顧みず、自分の保身のために苦しませたこと。

翌朝、裕也は中田のもとへ行った。彼は、会社の状況をすべて明かし、謝罪した。そして、社員の給料を支払うために、あらゆる手を尽くすと約束した。

あすかへの謝罪は、言葉では言い表せないほど難しいものだった。裕也は、誠実に、そしてひたすらに彼女への信頼を取り戻すため努力した。

会社は、再建の道を歩み始めた。それは、裕也とあすか、そして社員たちの共同作業だった。苦難の道のりは長く、険しかった。しかし、彼らは互いに支えあい、未来を目指して歩み続けた。

失った信頼を取り戻すには、時間がかかった。しかし、裕也とあすかは、共に歩む中で、より深い絆を築き上げた。不景気という嵐を乗り越えた彼らは、未来建築という船を、再び未来へと導く航海を始めたのだった。そして、裕也は学んだ。家族と社員、そして信頼こそが、真の財産であるということを。