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## 銀色の雨と100人の迷子

新宿の喧騒が、アスファルトに染み付いた油の匂いと共に鼻をつく。雨が降り出した。銀色の針が、ネオンサインに照らされた街を容赦なく打ち付ける。傘を持たない人々は、軒先や地下への階段に身を寄せ、不機嫌そうに空を見上げた。

俺は、そんな雨の中、雑踏に紛れて立っていた。手には小さなチラシ。派手な色使いで、安っぽいフォントが踊っている。「夢、叶えます。一攫千金、体験しませんか？」

自分でもどうかしていると思った。こんな胡散臭い誘いに引っかかろうとしているなんて。でも、他に方法がなかった。借金は膨らみ、家賃も滞納している。明日食べるパンすら買えない状況だった。

深呼吸をして、チラシに書かれた番号に電話をかけた。コール音が数回鳴った後、機械的な女性の声が応答した。「はい、ドリームプロジェクト事務局です」

「あの、チラシを見たんですけど…」

「面接をご希望ですか？ 本日でしたら、18時から新宿三丁目のカラオケボックスで行います」

事務的な口調で、場所と時間が告げられた。まるでコンビニのバイトの面接みたいだ。それでも、俺は藁にもすがる思いで「はい、行きます」と答えた。

カラオケボックスの一室は、タバコの匂いが染み付いていた。長テーブルを囲むようにパイプ椅子が並べられ、奥にはカラオケ機器が無造作に置かれている。すでに数人の男女が待っていた。皆、俺と同じように、どこか不安げで、それでいて期待に胸を膨らませているようだった。

しばらくして、男が現れた。年齢は30代後半くらいだろうか。派手なスーツを着て、ギラギラした目つきで俺たちを見回した。

「おー、よく来たな、ヒヨッコども！ 俺がドリームプロジェクトのリーダー、カズマだ！」

カズマは、まるでヤクザのような口調で話し始めた。プロジェクトの内容は、想像していた以上に荒唐無稽だった。街でスカウトした女性たちを集め、その女性たちと色々な企画をする。それを撮影し、動画として販売するというのだ。

「もちろん、出演料は出るぞ。頑張り次第じゃ、月収100万も夢じゃない！」

カズマはそう言って、ニヤリと笑った。周りのヒヨッコたちは、その言葉に目を輝かせている。俺も、一瞬、希望の光を見た気がした。しかし、すぐに冷静になった。これは、明らかに怪しい。

結局、俺はカズマの誘いを断った。良心の呵責もあったし、何より、このプロジェクトに関わると、取り返しのつかないことになる気がしたからだ。

雨はまだ降り続いていた。カラオケボックスを出て、新宿の街を彷徨う。他に、どうすればいいのか、何もわからなかった。

そんな時、ふと、ある女性の顔が脳裏に浮かんだ。以前、バイト先で知り合ったミサキだ。彼女は、デザイナーを目指して頑張っていた。確か、最近、クラウドファンディングで資金を集めていると言っていた。

迷った末、俺はミサキに連絡を取ってみることにした。電話番号は、まだ登録されていた。

「もしもし、ミサキ？ 久しぶり。覚えてる？」

「…え？ アキラ？ どうしたの？」

ミサキの声は、少し緊張しているようだった。俺は、今の状況を正直に話した。借金のこと、家賃のこと、そして、ドリームプロジェクトの話も。

ミサキは、しばらく黙って聞いていた。そして、静かに言った。「アキラ、うちに泊まりに来れば？」

俺は、驚いて言葉を失った。ミサキは、続けて言った。「クラウドファンディングの準備で、今、人が足りないの。手伝ってくれたら、ご飯も食べさせてあげるし、少しだけど、お金も払えるよ」

ミサキの申し出は、俺にとって救いの手だった。藁にもすがる思いで、彼女の家に向かった。

ミサキの家は、都心から少し離れた古いアパートの一室だった。部屋は狭かったが、綺麗に整理整頓されていた。壁には、ミサキが描いたイラストが飾られている。

ミサキは、俺に温かいコーヒーを淹れてくれた。そして、改めて、クラウドファンディングのプロジェクトについて説明してくれた。

「私は、子供たちが自由に絵を描ける場所を作りたいの。絵を描くことで、子供たちは自分を表現し、心を癒すことができる。そんな場所を、私は作りたい」

ミサキの目は、真剣だった。彼女の言葉には、強い意志が感じられた。

俺は、ミサキのプロジェクトに協力することにした。チラシの作成、SNSでの宣伝、イベントの企画など、できることは何でもやった。

最初は、戸惑うことも多かった。デザインの知識も、マーケティングの経験もない。でも、ミサキは根気強く教えてくれた。

クラウドファンディングは、順調に進んだ。多くの人々が、ミサキの想いに共感し、支援してくれた。

プロジェクトが成功に近づくにつれて、俺の心も少しずつ晴れていった。借金のことは、まだ解決していないが、未来に希望が持てるようになった。

ある日、ミサキは、俺に言った。「アキラ、ありがとう。あなたが手伝ってくれなかったら、ここまで来れなかった」

ミサキの言葉に、俺は胸が熱くなった。俺は、彼女に救われたのだ。そして、彼女の夢を、一緒に叶えたいと思った。

銀色の雨は、いつの間にか止んでいた。新宿の街には、虹がかかっていた。

あれから数年後、ミサキは、念願の絵画教室をオープンさせた。子供たちの笑顔が、教室に満ち溢れている。

俺は、今、ミサキの助手として、絵画教室で働いている。子供たちに絵を教えながら、自分の過去と向き合い、新しい人生を歩んでいる。

カズマの「ドリームプロジェクト」は、その後、警察の捜査が入り、解散したそうだ。多くの女性たちが傷つき、夢を打ち砕かれた。

俺は、あの時、ミサキに出会えて本当に良かったと思っている。彼女との出会いがなければ、俺は、今も新宿の雨の中で迷子になっていただろう。

100人の迷子の中から、たった一人でも救い出せたら、それでいい。そう、俺は信じている。