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## 山手線黙示録：８時間耐久人妻探索行

「…クソッ、マジかよ」

深夜の雑居ビルの一室。蛍光灯の光が安っぽいパイプ椅子に座る男たちの顔を青白く照らす。正面の巨大モニターには、目を覆いたくなるような映像が流れていた。

男の名は健太。28歳、しがないウェブデザイナー。趣味は、こういった場末の企画に駆り出されることではない。しかし、会社の先輩であり、異常なほど行動力のある男、亮太に有無を言わさず連れてこられたのだ。

「『人妻ナンパするならやっぱり山手線！！』…って、マジで言ってんの？亮太さん」

健太は呆れたように言った。モニターに映っているのは、亮太率いる「突撃駅前ナンパ隊」なる集団が、山手線の各駅で繰り広げるナンパ劇をまとめた８時間耐久の記録映像だ。

「当たり前だろ！健太！お前、まだわかってねえな！これは単なるナンパじゃない！これは、現代社会におけるコミュニケーションの可能性を追求する、壮大な実験なんだよ！」

亮太は興奮気味に叫んだ。彼の目は異様な熱を帯びている。健太は、亮太の奇妙な情熱には慣れっこだったが、今回はさすがに引いていた。

「美人だけ、ブスは絶対NG、美人妻限定！さらに地元密着感を醸している人妻がいい！」

亮太はモニターを指差しながら、企画の異常な要求を改めて強調する。健太はため息をついた。これは、一体誰得な企画なんだろうか。

映像は、渋谷駅前の喧騒から始まった。亮太を先頭に、数人の男たちが、明らかに挙動不審な動きで、女性たちに声をかけていく。

「すみません！あの、ちょっとだけお時間よろしいですか？」「もしよかったら、一緒にカフェでも…」「素敵ですね！どちらにお住まいなんですか？」

ほとんどの女性は、無視するか、露骨に嫌な顔をして立ち去る。たまに、立ち止まって話を聞いてくれる人もいるが、亮太たちの要求を満たすような「地元密着感を醸している美人妻」は、なかなか見つからない。

「あー、ダメだダメだ！もっと地元感！もっと生活感！この人、完全に港区女子じゃねえか！」

亮太は映像の中で叫んでいる。健太は、亮太の選別基準の曖昧さに、ますます呆れていく。

映像は、新宿、池袋、東京と、山手線の主要駅を次々と巡っていく。亮太たちは、駅前でひたすらナンパを繰り返す。その姿は、まるで獲物を探すハイエナの群れのようだ。

時間が経つにつれて、亮太たちの疲労の色は濃くなっていく。しかし、彼らは決して諦めない。

「死ぬ覚悟でナンパして撮ってくるまで帰れない！」

亮太の言葉が、彼らを突き動かす。健太は、その執念深さに、ある種の狂気を感じ始めていた。

映像の中盤、亮太たちは、とある駅前のカフェで、一人の女性に声をかける。彼女は、清楚なワンピースを着て、優しそうな笑顔を浮かべていた。

「すみません、少しお時間よろしいでしょうか？」

亮太は、丁寧に頭を下げて話しかける。女性は、少し警戒しながらも、立ち止まって話を聞いてくれる。

「あの、実はですね…」

亮太は、企画の内容を説明し始める。健太は、モニターの前で固唾を呑んだ。果たして、彼女は受け入れてくれるのだろうか。

女性は、亮太の話を聞き終えると、少し考えて、こう言った。

「…面白いですね。でも、私にはちょっと難しいかもしれません」

亮太は、食い下がる。

「いえ、そんなことありません！あなたは絶対に、地元密着感を醸している美人妻です！どうか、協力していただけないでしょうか？」

女性は、困ったような表情を浮かべた。

「…実は、私、結婚してないんです」

亮太は、絶句した。

「…え？結婚してないんですか？」

女性は、苦笑いを浮かべた。

「はい。彼氏もいません」

亮太は、膝から崩れ落ちた。

「…マジかよ…」

健太は、モニターの前で大爆笑した。亮太の必死な姿と、女性の冷静な対応のギャップが、あまりにも面白かった。

映像は、その後も淡々と続く。亮太たちは、疲れ果てながらも、ナンパを繰り返す。しかし、結局のところ、彼らの要求を満たすような女性は見つからなかった。

８時間後、映像は、亮太たちが、疲れ切った顔で、駅前のベンチに座り込んでいる姿で終わった。

「…クソッ、マジで成果なしじゃねえか」

亮太は、恨めしそうに空を見上げた。

映像が終わると、亮太は、健太の方を振り返った。

「…どうだった？健太」

健太は、苦笑いを浮かべた。

「…色々と、考えさせられました」

亮太は、満足そうに頷いた。

「だろ？この企画は、単なるナンパじゃないんだ。これは、現代社会における人間の欲望と、コミュニケーションの難しさを浮き彫りにする、深遠なドキュメンタリーなんだよ！」

健太は、亮太の言葉に、何も言い返せなかった。

その夜、健太は、家に帰ってからも、亮太の企画のことを考えていた。なぜ、亮太は、あんなにも異常な企画に、情熱を注ぐのだろうか。

健太は、ふと思った。もしかしたら、亮太は、人妻ナンパを通して、何か別のものを探しているのかもしれない。

それは、失われた青春かもしれない。あるいは、満たされない承認欲求かもしれない。あるいは、単なる暇つぶしかもしれない。

健太には、亮太の真意を理解することはできなかった。しかし、一つだけ確かなことは、亮太の行動は、現代社会の歪みを反映しているということだった。

翌日、健太は、亮太に声をかけた。

「亮太さん、今度、一緒に飲みに行きませんか？」

亮太は、驚いたような顔をした。

「…お前が、俺と飲みに行くなんて、珍しいな」

健太は、微笑んだ。

「たまには、いいじゃないですか。色々、話したいこともあるし」

亮太は、嬉しそうに頷いた。

「ああ、いいな！行こうぜ！今回は、山手線じゃなくて、もっとディープな場所に繰り出そうぜ！」

健太は、覚悟を決めた。亮太との飲み会は、きっと、予想以上に過酷なものになるだろう。

しかし、健太は、亮太のことをもっと深く知りたいと思っていた。それは、もしかしたら、自分自身のことを知ることにも繋がるかもしれない。

山手線黙示録。それは、終わりの見えない、終わることのない、狂騒的な現代社会の記録なのだ。そして、健太は、その黙示録に、自ら飛び込もうとしていた。

（終）