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## 金曜日の午後三時、マダム・フローレンスの誘惑

金曜日の午後三時、カフェ・ド・ローズは、微かに焦げ付いたキャラメルのような甘い香りに包まれていた。窓から差し込む午後の光は、埃っぽさを帯びながらも、店内のアンティーク調の家具や、飾られたバラの絵を優しく照らし出していた。

その中で、ひときわ目を引く女性がいた。彼女の名は美咲。薄いピンクのワンピースに身を包み、首元には繊細なパールのネックレスが輝いている。その姿は、まるで一枚の絵画から抜け出してきたかのようだった。しかし、その瞳の奥には、微かな陰りが潜んでいた。

結婚して三年。夫の健太は仕事一筋で、家ではほとんど口をきかない。週末もゴルフや接待で忙しく、美咲との時間はほとんどなかった。かつては情熱的な恋人だった健太は、いつしかただの同居人のようになっていた。

「また、一人？」

背後から声をかけられ、美咲は振り返った。そこに立っていたのは、マダム・フローレンスと呼ばれる、カフェ・ド・ローズのオーナーだった。

「ええ、まあ…」

美咲は曖昧に答えた。マダム・フローレンスは、美咲の心情を見透かしているかのように、優しく微笑んだ。

「健太さんは、今日も遅いのね？」

「はい…週末まで帰ってこないと思います」

美咲は、グラスの中のコーヒーをじっと見つめた。その表情は、どこか寂しげだった。

「美咲さん、あなたはもっと輝けるはずよ。結婚は、あなたの可能性を閉ざすものではないわ」

マダム・フローレンスの言葉は、美咲の心に深く響いた。確かに、結婚してからというもの、美咲は自分の感情を押し殺し、ただ健太の妻という役割を演じているだけだった。

「でも…どうすればいいんでしょうか…？」

美咲は、マダム・フローレンスに尋ねた。

「そうね…例えば、新しい自分を見つけてみてはどうかしら？ 美咲さんは、とても美しい。もっと自信を持って、外の世界に目を向けてみたらどうかしら」

マダム・フローレンスの言葉を受け、美咲は深く考え始めた。確かに、家に閉じこもってばかりでは、何も変わらない。何か新しいことを始めてみようか…

その日の夕方、美咲は思い切ってデパートに立ち寄った。鮮やかな色の口紅、少し大胆なデザインのワンピース、そして、ハイヒール。今まで躊躇していたものに、次々と手が伸びていく。

その夜、美咲は新しいワンピースに身を包み、街へと繰り出した。久しぶりの夜の街は、眩い光と賑やかな音楽に満ち溢れていた。

バーカウンターに座り、カクテルを傾けていると、隣に座っていた男性が話しかけてきた。

「素敵なドレスですね。とてもお似合いです」

彼は、爽やかな笑顔の、都会的な雰囲気を持つ男性だった。名前はユウキと名乗った。

「ありがとうございます」

美咲は少し戸惑いながらも、微笑み返した。

ユウキは巧みな話術で、美咲の心を解きほぐしていった。彼は、美咲の仕事や趣味、そして、結婚生活について、興味深そうに尋ねた。美咲は、いつの間にか健太との不満や、孤独感をユウキに打ち明けていた。

「それは辛いですね。でも、あなたはとても魅力的な女性です。もっと自分を大切にするべきです」

ユウキの言葉は、美咲の心に温かい光を灯した。彼は、まるで美咲の心の奥底にある、まだ誰にも気づかれていない美しさを見抜いているかのようだった。

二人はバーを後にし、夜の街を歩いた。ユウキは、美咲に様々な話を聞かせた。アート、音楽、旅行…彼の知識の豊富さと、洗練された物腰に、美咲は魅了されていった。

気がつけば、二人はホテルの前に立っていた。ユウキは、美咲の目を見つめ、囁くように言った。

「今夜は、あなたをもっと知りたい」

美咲の心は、激しく揺れ動いた。理性では拒否しようとするのに、本能はユウキを求めている。夫への罪悪感と、抗えない誘惑が、美咲の中で渦巻いていた。

「…でも…」

美咲は戸惑いながら言った。

「何も心配しないで。ただ、僕と一緒に過ごす時間を楽しんで欲しいだけなんだ」

ユウキは、優しく美咲の手を握った。その温かさに、美咲は抗うことができなかった。

ホテルの一室。ユウキは、優しく美咲を抱きしめた。彼の甘い香りに包まれ、美咲は理性を失っていく。

服が脱がされ、白い肌が露わになる。ユウキの熱い視線が、美咲の全身を駆け巡る。

「綺麗だ…」

ユウキは、美咲の耳元で囁いた。その声に、美咲は全身を震わせた。

やがて、二人は激しく抱き合った。ユウキの熱い唇が、美咲の首筋を、胸を、そして、お腹を這っていく。美咲は、今まで感じたことのない快感に身を委ねた。

その夜、美咲はユウキと過ごした。それは、今まで経験したことのない、甘美で、背徳的な時間だった。

翌朝、美咲はユウキの隣で目を覚ました。彼の寝顔は、無邪気で、まるで子供のようだった。

美咲は、静かにベッドから抜け出し、シャワーを浴びた。冷たい水が、火照った体を冷ましていく。

シャワーを終え、部屋に戻ると、ユウキはすでに起きていた。

「おはよう」

彼は、優しい笑顔で美咲に挨拶した。

「おはようございます」

美咲は、少し照れながら答えた。

「昨夜は、ありがとう。とても楽しかった」

ユウキの言葉に、美咲は再び心が揺れた。

「こちらこそ、ありがとうございました」

美咲は、正直な気持ちを伝えた。

二人は、朝食を共にした後、ホテルのロビーで別れた。

「また、会えますか？」

美咲は、ユウキに尋ねた。

「もちろん。でも、それはあなたが決めることだよ」

ユウキは、ウインクをして、去っていった。

美咲は、ユウキの背中を見送りながら、深く考えた。昨夜の出来事は、夢だったのだろうか？ それとも、本当にあったことなのだろうか？

家に帰り、美咲は自分の人生について、改めて考え始めた。健太との関係、ユウキとの出会い、そして、これからの自分…

美咲は、過去の自分に別れを告げ、新しい自分を探し始めることを決意した。それは、危険で、茨の道かもしれない。しかし、美咲は、その道を進む覚悟を決めた。

彼女は、再びカフェ・ド・ローズを訪れた。マダム・フローレンスは、いつものように優しく微笑んだ。

「どう、美咲さん？ 新しい自分は見つかりそう？」

美咲は、力強く答えた。

「はい。これから、探していきます」

美咲の瞳は、かつての陰りを消し、希望に満ち溢れていた。彼女は、マダム・フローレンスに感謝し、カフェを後にした。

金曜日の午後三時、カフェ・ド・ローズは、今日も変わらず、甘い香りに包まれていた。しかし、そこには、以前とは違う、新しい美咲が確かに存在していた。彼女は、まだ見ぬ未来に向かって、ゆっくりと歩き始めた。彼女の物語は、まだ始まったばかりだった。