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## 熟れた果実

夕暮れ時のスーパーマーケットは、一日の終わりを告げる喧騒に満ちていた。主婦たちが夕食の材料を吟味し、会社帰りのサラリーマンが惣菜コーナーを物色する。そんなざわめきの中で、藤村美咲はため息をついた。

48歳。夫とは5年前に離婚し、一人娘は大学で家を出ている。一人暮らしのマンションは静かで、時折訪れる寂しさが美咲を締め付けた。

更年期のせいだろうか、最近、体の変化を感じることが多い。火照ったり、急に憂鬱になったり。そして、何よりも困るのは、どうしようもない渇きだ。夫との関係が冷え切って久しかったため、長い間、性の欲求を感じることがなかった。しかし、離婚後、まるで堰を切ったかのように、その波が押し寄せてくる。

美咲はレジに並びながら、今日の夕食を考える。豆腐とネギの味噌汁、それに焼き魚でも焼こうか。しかし、頭の中は夕食のことよりも、もっと別のことでいっぱいだった。

数日前、近所のスポーツジムで若いインストラクターに声をかけられたのだ。「いつも頑張ってらっしゃいますね。何かお手伝いできることがあれば、遠慮なく声をかけてください」彼は爽やかな笑顔でそう言った。それだけの言葉だったのに、美咲の心臓は激しく鼓動し、顔が熱くなるのを感じた。

（まさか、私が本気にすると思っているのかしら…？）

美咲は自嘲気味に笑った。若い男に口説かれるなんて、まるで少女漫画の世界だ。しかし、同時に、心の奥底で何かが疼き出すのを感じていた。

その日以来、美咲はジムに通う回数を増やした。インストラクターの姿を見つけると、わざとらしくトレーニングに励む。彼はいつも笑顔で声をかけてくれる。「調子はどうですか？無理しないでくださいね」その度に、美咲の頬は熱を帯び、胸が高鳴った。

（彼は、私のことをどう思っているんだろう…？）

美咲は鏡に映る自分を見た。年齢の割には若く見られる方だと思う。しかし、首の皺や手の甲のシミは、隠しようもなく歳を重ねている証拠だ。

（彼のような若い男性が、私に興味を持つわけがない…）

そう言い聞かせながらも、美咲の期待は膨らんでいく。

週末、美咲は行きつけのバーに立ち寄った。カウンターに座り、いつものように白ワインを注文する。店は薄暗く、ジャズが静かに流れていた。

しばらくすると、隣に若い男性が座った。見慣れない顔だ。彼は美咲に軽く会釈し、「こんばんは」と声をかけた。

「こんばんは」美咲はぎこちなく答えた。

「一人ですか？」彼は尋ねた。

「ええ、まあ」美咲は曖昧に答えた。

彼はグラスを傾けながら、自己紹介を始めた。名前は翔太。大学院生で、音楽を勉強しているらしい。彼は穏やかな口調で話し、時折、美咲の目をまっすぐに見つめた。

美咲は彼の話に耳を傾けながら、心のざわつきを感じていた。彼は若いのに落ち着いていて、知的な雰囲気が漂っている。そして、何よりも、美咲に対して明らかに好意的な態度を示している。

「藤村さんは、どんな音楽が好きなんですか？」翔太は尋ねた。

「そうね…昔はクラシックをよく聴いていたけど、最近はジャズが多いかな」美咲は答えた。

「ジャズ、いいですよね。僕はジョン・コルトレーンが好きなんです。藤村さんは？」

「そうね…エラ・フィッツジェラルドが好きだわ」

二人は音楽の話で盛り上がり、次第に距離が縮まっていく。翔太は時折、軽いボディランゲージを交えてくる。グラスを取ろうとした時に、手が触れたり、話している時に、少し身を乗り出してきたり。その度に、美咲の心臓はドキドキと高鳴り、体が熱くなるのを感じた。

（まさか、本当に…？）

美咲は信じられない気持ちで翔太を見た。彼の瞳は真剣で、美咲を強く惹きつけている。

しばらくすると、翔太は美咲に提案した。「この後、もしよかったら、もう一杯飲みに行きませんか？僕のおすすめのバーがあるんです」

美咲は少し迷った。しかし、心の奥底から湧き上がる衝動を抑えることができなかった。「ええ、いいわよ」

二人は店を出て、翔太が案内するバーへと向かった。バーは隠れ家のような雰囲気で、薄暗い照明と心地よい音楽が流れていた。

二人はカウンターに並んで座り、カクテルを注文した。翔太は美咲に、自分の研究のことや、将来の夢について語った。美咲は彼の話に耳を傾けながら、彼の若さと情熱に心を奪われていた。

時間が経つにつれて、二人の距離はさらに縮まっていく。翔太は美咲の肩にそっと手を添え、耳元で囁いた。「藤村さん、とても綺麗ですね」

その言葉に、美咲の体は熱くなり、呼吸が荒くなった。彼女は翔太の顔を見つめ、彼の瞳に映る自分の姿を見た。そこには、確かに欲望の色が宿っていた。

（もう、止められない…）

美咲は覚悟を決めた。彼女は翔太の手を取り、強く握り返した。

「翔太さん…」

その夜、美咲は翔太と一夜を共にした。彼の若々しい肉体と情熱的な愛撫に、美咲は完全に身を委ねた。長い間、忘れかけていた感情が蘇り、彼女の全身を駆け巡った。

翌朝、美咲はベッドの中で目を覚ました。隣には翔太が眠っている。美咲は彼の寝顔を見つめながら、昨夜の出来事を思い返した。

（これは、夢じゃない…）

美咲は現実を噛みしめた。彼女は確かに、若い男と一夜を共にしたのだ。

（これから、どうなるんだろう…？）

不安と期待が入り混じった感情が、美咲の胸を締め付けた。彼女は静かにベッドから抜け出し、窓辺に立った。朝焼けが空を染め、新しい一日が始まろうとしていた。

美咲は深呼吸をした。彼女はまだ、自分の気持ちがよく分からなかった。しかし、一つだけ確かなことは、彼女の中で何かが変わったということだった。

彼女はもう、寂しさを抱えた熟女ではない。彼女は、再び愛を知った女性なのだ。

美咲は微笑んだ。そして、新しい一日へと踏み出す決意をした。熟れた果実のように、甘く、そして危険な香りを漂わせながら。