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## 介護ヘルパーという名の迷宮

都心から少し離れた住宅街の一角に、古いながらも手入れの行き届いた一軒家があった。藤堂家。穏やかな老夫婦が築き上げたこの家は、今は認知症の症状が出始めた父と、それを支えようと奮闘する息子夫婦、そして彼らを助けるためにやってきた介護ヘルパーたちによって、複雑な人間模様を織りなしていた。

最初に来たのは星野だった。長身で切れ長の目に、すらりとした体躯。誰もが振り返るほどの美人だった。息子である健一は、父の介護に追われる妻の明子の負担を少しでも減らしたいと、以前から知人の紹介で星野を呼び寄せたのだ。独身で若すぎるヘルパーでは、どうしても情緒不安定になる父の相手に長続きしないだろうと考えた健一は、結婚しており家庭を持っている星野なら、仕事に対する真摯さも、精神的な安定もあるだろうと期待していた。

星野は確かに仕事熱心だった。父の顔色を窺い、食事の介助を丁寧にこなし、時に父の昔話に根気強く耳を傾けた。しかし、健一の胸にはかすかな疑念が芽生えていた。最近、家の者が誰もいない時間帯に、父の部屋が物色されているような気がするのだ。特に、父が大事にしていた古銭入れが見当たらないことを知ったのは、星野が来てから間もないことだった。その疑念の矛先は、他にない。美しい顔に似合わない、どこか底意地の悪さを感じさせる星野の瞳が、健一の脳裏にちらついていた。

「お父様、今日は調子が良いようですね」

星野が父に声をかける。父はニコニコと彼女の顔を見つめている。その様子に、明子は少しだけ安堵していた。しかし、健一はそんな父の様子にさえ、どこか不自然なものを感じずにはいられなかった。

そんな中、新しいヘルパーとして川菜がやってきた。星野とは対照的に、柔和な雰囲気を持つ川菜は、どこか翳りのある瞳をしていた。彼女がなぜこの仕事を始めたのか、健一は詳しく知らなかったが、時折漏れるため息や、遠くを見つめる瞳に、何か抱え込んでいるものを感じ取っていた。

「実は…主人、最近失業しまして…」

ある日の昼下がり、健一が父の部屋の様子を見守っている間に、川菜が偶然健一にそう打ち明けたのだ。その声は震え、目に涙が浮かんでいた。美しい顔立ちとは裏腹の、切羽詰まった状況に、健一は胸が締め付けられる思いだった。

「俺にできることがあれば、言ってください」

思わずそう言ってしまった健一は、自分の言葉が軽すぎたのではないかと内心反省したが、川菜は少しだけ顔を上げ、健一に向かって微笑んだ。その微笑みは、感謝と同時に、微かな期待の色を含んでいるように見えた。

それからの川菜は、健一に対して以前にも増して献身的に接するようになった。父の世話はもちろん、明子の愚痴を聞いたり、健一の仕事の相談に乗ったりと、まるで家族の一員のように振る舞った。健一は川菜の優しさや献身さに惹かれ始めていた。彼女の置かれた状況を知っているだけに、このまま助け続けるだけでなく、もっと深いところで彼女と繋がりたいという気持ちが芽生え始めた。

「もし、何か困ったことがあったら、いつでも私に頼ってくださいね」

川菜がそう言って健一の肩に手を置いた時、健一は抗いがたい衝動に駆られた。彼女の体から放たれる温もり、そして微かに香る柔軟剤の匂い。それは、健一の胸の内に眠っていた欲望を、静かに呼び覚ましていた。彼女を「モノ」にしたい、という考えが、健一の頭の中を占めるようになっていた。

そんな折、また新たなヘルパーがやってきた。菅野だ。星野や川菜とはまた違う、小柄で愛らしい雰囲気を持つ菅野は、初めて会った時から健一の心を掴んだ。彼女は驚くほど気が利いた。父の些細な変化に気づき、さりげなく声をかけ、明子の疲れを察しては、手伝いを申し出た。そして何よりも、菅野は父の下の世話まで、嫌な顔一つせずにこなした。

「お父さん、今日も綺麗にしましたよ」

菅野が父の着替えを終え、そう言いながら健一の方を振り返った。その屈託のない笑顔に、健一は思わず息を呑んだ。彼女の親切心は、一体どこから来るのだろうか。単に断れない性格なのだろうか。それとも、何か裏があるのだろうか。

健一は、菅野の親切に甘える形で、少しずつ彼女の領域に踏み込んでいった。父の介護のことで相談があると部屋に呼び出したり、明子が留守の間に二人で話す時間を作ったりした。菅野は健一の誘いを断ることもなく、いつも穏やかな表情で彼の要望に応じた。

ある日、健一は意を決して菅野に迫った。「もし、お父さんのお世話をしてくれるのに、俺の…世話もしてくれるなら、すごく嬉しいんだけどな…」そう言いながら、健一は菅野の腰に手を回した。

菅野は一瞬目を丸くしたが、すぐに健一の顔を見上げた。その瞳には、先ほどの屈託のない笑顔とは違う、何か決意のようなものが宿っていた。

「健一さんのお役に立てるなら、私で良ければ…」

菅野の言葉に、健一の心臓は高鳴った。それは、予期せぬ扉が開かれた瞬間だった。美人人妻ヘルパーたちの登場は、健一の日常に静かな波紋を広げていた。しかし、その波紋は次第に大きくなり、やがて彼自身をも呑み込んでしまうような、抗いがたい力となって健一を翻弄していくのだった。星野の不審な行動、川菜の秘めたる事情、そして菅野の思わぬ受容。介護という名のもとに集まった女性たちは、それぞれが健一の人生に、予想もしない道筋を描き出そうとしていた。それは、安らぎと欲望、そして裏切りの複雑な迷宮への入り口だった。健一は、その迷宮に深く足を踏み入れてしまったことを、まだ知る由もなかった。