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## 満月と夜想曲

夜風が運ぶのは、潮の香りと微かな甘さ。千尋は、古い灯台守の家のバルコニーで、静かに星を見上げていた。眼下に広がるのは、月の光を反射してきらめく海。そして、その海を見つめる、彼の背中。

「ねえ、愁（しゅう）」

千尋の声に、愁はゆっくりと振り返った。月の光に照らされた彼の顔は、いつも以上に儚げに見える。千尋は、胸の奥に温かいものが込み上げてくるのを感じていた。この感情を言葉にするのは、いつも少しだけ勇気がいる。

「どうしたの、千尋？」

愁の声は、静かな夜に溶け込むように優しかった。千尋は、愁の顔をじっと見つめた。彼の少し伏せられた睫毛、ほんのりと赤い唇、そして、その瞳の奥に揺れる、何とも言えない色。

「あのね、愁」千尋は、少し声を潜めた。「私ねぇ、あなたの反応が好きなの。」

愁は、彼女の言葉に僅かに眉を上げた。その動きさえも、千尋にとっては愛おしいものだった。

「反応？」

「そう。なんか、欲しそうにしてるあなたの顔。すごく、ドキドキするの。」千尋は、自身の頬が熱くなるのを感じた。「でね、感じちゃってる時の顔。あれが、たまらなく好きなんだ。」

愁は、ふっと微笑んだ。その微笑みは、夜の静寂を破るかのように、千尋の心をざわつかせた。

「欲しそう、か。」愁は、千尋の目を見つめながら、ゆっくりと繰り返した。「千尋は、僕が欲しそうに見える？」

「うん。私には、すごくそう見える。」千尋は、まっすぐに愁を見返した。彼女は、愁が自分の言葉にどのように応えるのか、期待していた。決して、期待を裏切らない、そんな特別な瞬間を。

愁は、何も言わずに千尋に近づいた。そして、彼女の細い肩にそっと手を置いた。指先が触れるだけで、千尋の体は微かな電気に打たれたように震えた。

「千尋のそういうところも、好きだよ。」

愁の声は、夜の帳のように、千尋を包み込んだ。千尋は、愁の言葉に、思わず顔を赤らめた。この瞬間、彼女の求めていたものは、確かにここにあった。

夜は更けていった。灯台の明かりが、規則的に海面を照らし出す。愁は、千尋を抱きしめたまま、彼女の髪に顔を埋めた。

「ねえ、愁。」千尋は、愁の胸に顔をうずめながら、さらに声を潜めた。「もしね、もしだよ。私がすごく恥ずかしい格好で、あなたの前にいたら、どうする？」

愁は、少しの間、沈黙した。そして、ゆっくりと千尋を抱きしめる力を強めた。

「どんな格好？」

「うーん、そうだなあ…」千尋は、意地悪く笑った。「例えば、でんぐり返しであなたの前に現れて、『恥ずかしいねぇ♪赤ちゃんみたい♪』とか言っちゃったりして。」

愁は、千尋の背中を優しく撫でた。

「赤ちゃんみたい、か。」愁の声には、楽しんでいるような響きがあった。「それで、それで？」

「それでね、『キンタマ気持ちいいでちゅかぁ？』とか、『タマタマをどうやったらいいんでちゅか？』って、わざと舌足らずな声で聞いちゃうの。」

千尋は、想像しただけで体が熱くなるのを感じた。愁が、そんな自分にどう反応するのか、それが知りたくてたまらなかった。

愁は、ゆっくりと千尋から顔を離した。そして、彼女の顔を両手で包み込んだ。月の光が、愁の瞳に映り、きらめいていた。

「千尋。」愁の声は、先ほどよりもずっと低く、甘く響いた。「君は、本当に僕を困らせるのが上手いね。」

困らせる、という言葉に、千尋は心臓が高鳴るのを感じた。

「困らせる？」

「うん。でも、その困った顔も、好きなんだ。」愁は、千尋の頬にそっとキスをした。「君のそういう、悪戯っぽいところが、すごく好きなんだ。」

愁は、千尋の頬に触れたまま、ゆっくりと顔を近づけた。二人の距離が、どんどん縮まっていく。千尋は、目を閉じた。次に彼女が目を開けた時、世界はきっと、もっと甘く、もっと切ない色に染まっているだろう。

愁の唇が、千尋の唇に触れた。それは、優しく、しかし確かな愛情の証だった。千尋は、愁の腕の中で、静かに身を委ねた。灯台の明かりは、規則的に瞬き、二人の秘密の夜を照らし続けていた。

千尋は、愁の胸に顔をうずめながら、心の中でつぶやいた。迷ったらコレ。そう、いつでも、愁だけが、千尋の求める全てだった。そして、愁もまた、千尋の全てを受け止めてくれる、唯一の存在なのだと。

満月の夜は、まだ始まったばかりだった。二人の夜想曲は、静かに、しかし情熱的に、この灯台守の家で奏でられ続けるだろう。そして、千尋はこれからも、愁の反応を、その表情を、愛おしく見つめ続けるに違いない。なぜなら、そこで見つけるものが、彼女にとって何よりも大切な、宝物だからだ。