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## 夏の終わりの誘惑

夏休みも終わりに近づき、空には秋の気配が漂い始めていた。蝉の声も次第に弱まり、風に乗って運ばれてくるのは、どこか懐かしいような、切ないような匂いだった。そんな日、女子高生の陽菜と美咲は、二人だけで街へ出かけていた。

陽菜は少し大人びた雰囲気で、物静かながらも芯のある女の子。一方の美咲は、明るく人懐っこい性格で、いつも陽菜をリードする存在だった。二人は幼馴染であり、互いのすべてを理解し合える親友だった。

「ねぇ、陽菜。今日のコーデ、どうかな？」

美咲は、少し短めのデニムスカートに、オフショルダーの白いブラウスを合わせ、くるりと陽菜に向かって回ってみせた。陽菜は、その姿を見て、ふわりと微笑んだ。

「可愛いよ、美咲。でも、それちょっと丈が短くない？」

「えー、大丈夫だよ！ このくらいのほうが、夏らしくていいじゃない。」

美咲は、陽菜の言葉に少しだけ頬を膨らませたが、すぐにその表情を崩した。

「あ、そうだ！ あの新しいカフェ、行ってみようよ。インスタで見たんだけど、すごくおしゃれなんだって！」

「うん、いいね！」

二人は、賑やかな街並みを歩きながら、お互いの近況や、最近あった面白い出来事を話し合った。陽菜は、学校ではあまり目立たない方だったが、美咲といる時は、まるで別人かのように饒舌になった。

カフェに到着すると、そこは陽菜が想像していた以上に素敵な空間だった。白を基調とした内装に、観葉植物がセンス良く配置され、柔らかな日差しが店内を照らしている。

「わー、本当に可愛い！ 来てよかったね。」

美咲は、目を輝かせながら席に着いた。陽菜も、その雰囲気に心癒されるのを感じていた。

「メニュー、どれにしようかな。」

陽菜がメニューを眺めていると、ふと、隣のテーブルに座っていた男性二人組に目が留まった。彼らは、陽菜たちと同じくらいの年頃に見えたが、どこか大人びた雰囲気を持っていた。

「ねぇ、陽菜。あの人たち、もしかしてナンパしてる？」

美咲が小声で陽菜に囁いた。陽菜は、そっと視線をそちらへ向けた。男性たちは、時折こちらをちらちらと見ているように思えた。

「どうだろうね。」

陽菜は、特に気にする様子もなく、自分の注文するものを決めた。しかし、美咲は、その視線に気づいていたのか、少しそわそわしていた。

しばらくして、注文した飲み物が運ばれてきた。陽菜は、暑さで火照った体に、冷たいアイスコーヒーが染み渡るのを感じた。

「はぁ〜、美味しい。」

「でしょ？ 私、ここのコーヒー、大好き。」

二人が談笑していると、突然、隣のテーブルから声がかかった。

「あの、すみません。」

振り向くと、先ほどの男性の一人が、こちらに笑顔で話しかけていた。彼は、スラッとした長身で、爽やかな笑顔が印象的だった。

「僕たち、この近くに住んでるんですけど、お二人とも初めてですか？」

男性の、気さくな物腰に、陽菜は少し戸惑った。美咲は、いつもの調子で、満面の笑顔で答えた。

「はい！ 今日初めて来たんです。すごく素敵なお店ですね！」

「それは良かったです。もしよかったら、僕たちもこの辺り詳しいんで、おすすめの場所とか案内しますけど。」

男性の言葉に、陽菜は少し身構えた。ナンパ…？ 雑誌で読んだことはあるけれど、まさか自分がそんな状況になるなんて。

「え、でも…」

陽菜が言い淀んでいると、美咲が楽しそうに口を挟んだ。

「本当ですか？ 嬉しい！ でも、私たち、もうすぐ帰らなきゃいけないんです。」

「あ、そうですか。残念。じゃあ、せめて、連絡先だけ交換しませんか？ また今度、ゆっくりお話しできるかもしれないですし。」

男性は、悪びれる様子もなく、スマホを取り出した。陽菜は、どうすればいいのか分からず、美咲の顔を見た。美咲は、陽菜の様子を見て、くすくすと笑いながら、

「陽菜、どうする？」

「え…」

陽菜が答える前に、美咲は、相手の男性に、自分のスマホを差し出した。

「はい、どうぞ！」

「わ、ありがとうございます！」

男性は、嬉しそうに美咲の番号を打ち込み、自分の番号を伝えた。そして、もう一人の男性も、陽菜に話しかけてきた。

「僕も、もしよかったら…」

陽菜は、相手の男性の顔を見て、思わず頷いてしまった。彼の、真っ直ぐな瞳に、なんだか断るのが申し訳なくなってしまったのだ。

「…はい、いいですよ。」

「ありがとうございます！」

男性は、陽菜のスマホを受け取り、番号を交換した。

「じゃあ、また連絡しますね。今日は本当にありがとうございました。」

男性たちは、そう言って、笑顔でカフェを出て行った。

「ふぅ、危なかったね、陽菜。」

美咲は、陽菜にいたずらっぽく笑いかけた。

「もう、美咲！ 何なの、あの人たち。」

陽菜は、まだ少し動揺していた。

「だって、なんか、断りきれなかったんだもん。それに、あの人たち、結構かっこよかったし。」

「美咲は、そういうのに、すぐ流されちゃうんだから。」

「だって、人生楽しまなきゃ損じゃん？ 陽菜も、さっき、結構嬉しそうだったじゃん。」

「そんなことないよ！」

陽菜は、否定したが、内心では、少しドキドキしていた。あの男性の、真っ直ぐな瞳が、まだ目に焼き付いていた。

カフェを出て、二人は再び街を歩いた。もう、先ほどの出来事は、二人にとって、ちょっとした冒険のようだった。

「ねぇ、陽菜。もしかしたら、あの人たち、本当に私たちを気に入ってくれたのかな？」

「どうだろうね。でも、もし本当に連絡が来たら、どうする？」

「うーん…」

美咲は、少し考え込む素振りを見せた。

「陽菜は、どうしたい？」

「私？」

「うん。私、陽菜の意見も聞きたいんだ。」

陽菜は、美咲の真剣な表情を見て、少し照れた。

「私、わからない。でも、もし、本当に素敵な人たちだったら…」

「そっか。」

美咲は、陽菜の言葉に、満足そうに頷いた。

その夜、陽菜のスマホに、着信があった。表示されたのは、見慣れない番号。恐る恐る電話に出ると、あの男性の声だった。

「あの、もしもし、陽菜さんですか？ 先ほどカフェでお話しした〇〇です。」

「あ、はい。」

陽菜の声は、自然と上ずっていた。

「あの、もしよかったら、今度、またお会いできませんか？ 映画とか、どうですか？」

陽菜は、思わず息を呑んだ。映画…？

「えっと…」

陽菜が、どう返事をしようか迷っていると、美咲が、陽菜の隣で、無言で親指を立ててくれた。

「…はい、いいですよ。」

陽菜は、美咲の応援を受けて、そう答えた。

「本当ですか！ 嬉しいです。じゃあ、いつにしますか？」

男性は、嬉しそうに、陽菜に都合の良い日を聞いてきた。陽菜は、美咲と顔を見合わせ、二人で笑い合った。

夏の終わりは、突然、甘い香りに包まれた。それは、まだ見ぬ未来への期待と、少しの不安が入り混じった、特別な香りだった。陽菜と美咲は、これから訪れるであろう、新しい季節の始まりを、予感していた。

「ねぇ、陽菜。私たち、これからどうなるのかな？」

美咲が、夜空を見上げながら、呟いた。

「わからないけど…」

陽菜は、美咲の肩にそっと寄り添った。

「でも、きっと、楽しいことが待ってるよ。」

「うん。」

二人は、静かに頷き合い、夜風に揺れる髪を撫でた。あの夏の日は、二人の人生にとって、大切な一歩となったのかもしれない。