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## 霞む日常、燃ゆる欲望

朝靄が窓ガラスに淡いベールをかける頃、私はすでに台所に立っていた。昨夜も遅くまで残業だった夫は、まだ深い眠りについている。その横顔を見るのは、もうどれくらい前のことだろうか。

「おやすみ」という労いの言葉も、いつしか聞かなくなり、次に交わされる会話は、決まって「おはよう」と「いってきます」だけ。夜は、私だけが静寂の中で眠りにつく。家事、育児、そして仕事。一日中、休む間もなく動き回っている。それでも、私の心を満たすものは何もない。ただ、疲労だけが積み重なっていく。

夫は「疲れた」と、私に触れることを避けるようになった。それは、私への愛情の薄れなのか、それとも単に疲弊しきっているだけなのか。どちらにしても、私は孤独だった。温もりを求める心は、乾ききった砂漠のように、ただ虚しさを募らせるだけだった。

そんなある日、いつものようにスーパーの帰り道、私は見知らぬ男性に声をかけられた。

「あの、お姉さん、ちょっといいですか？」

反射的に足を止め、振り向く。そこには、太陽のような笑顔を浮かべた男が立っていた。彼は、私をじっと見つめ、まるで宝物でも発見したかのように目を輝かせた。

「こんな綺麗な人が、一人で歩いてるなんて、もったいないですよ」

他的話は、私の乾いた心に、一滴の露のように染み込んだ。日頃、誰かに褒められることなど、とうに忘れていた。夫からの労いも、同僚からのねぎらいもない。ただ、タスクをこなすだけの毎日。そんな私にとって、彼の言葉は、まるで暗闇に差す一条の光だった。

それから、私たちは何度か会うようになった。彼は、私の話に真剣に耳を傾け、私の疲れを癒やす言葉をかけてくれた。彼の前では、私は「妻」でも「会社員」でもない、ただ一人の「女」として存在できた。彼の温かい手は、私の凍てついた心を溶かし、失いかけていた感情を呼び覚ました。

ある夜、二人はホテルの部屋にいた。彼の熱い視線が私を包み込み、その指先が私の肌をなぞる。長らく触れられていなかった私の体は、彼の触れ方一つで、まるで眠りから覚めたように反応した。

「綺麗だね、本当に」

彼の囁きに、私の体は甘く震える。夫との夜は、義務感と疲労感だけが残った。しかし、彼の行為は、私に純粋な快感と、満たされるべき欲求を思い出させてくれた。それは、まるで長年閉じ込められていた檻から解き放たれた鳥のようだった。

彼の行為は、強引でありながらも、私を優しく包み込んだ。その熱は、私の体の奥深くまで染み込み、今まで感じたことのないような高揚感をもたらした。それは、夫との関係では決して得られなかった、生々しい、そして抗いがたい官能だった。

「もっと、欲しい…」

私の口から漏れた言葉は、獣のような吐息となって部屋に響いた。彼は、私の欲求に応えるように、さらに深く、さらに激しく私を求めた。その瞬間、私は夫のことを完全に忘れていた。ただ、目の前の男との快楽だけが、私の全てだった。

その夜、私たちは何度も求め合い、体の芯から満たされていった。彼の熱に身を任せ、私は自分自身を解放した。それは、解放というよりも、むしろ、私の中に眠っていたもう一人の自分を目覚めさせたのかもしれない。

翌朝、私はいつものように目覚めた。しかし、私の心は以前とは全く違うものになっていた。夫の無関心な態度も、日々の家事や仕事の重圧も、もはや私を縛り付けてはいなかった。私は、新しい自分を発見したのだ。

それから、私は密かに彼と会うようになった。夫に隠れて会うスリルと、彼との逢瀬が、私の日常に刺激を与えてくれた。仕事でも、以前よりも積極的に取り組めるようになった。それは、私の中に新たなエネルギーが湧き上がってきたからだ。

夫は、私の変化に気づいているのかいないのか。相変わらず、疲れた顔で帰宅し、私には無関心なまま。しかし、私はもう、彼の顔色を伺う必要はなかった。私の心は、彼とは別の場所で、満たされていたから。

鏡に映る自分は、以前よりも輝きを増していた。それは、単に化粧やファッションが変わったからではない。私の内面から溢れ出る自信と、秘められた欲望が、私を美しく変えてくれたのだ。

「美人妻たち」という言葉を、私は初めて理解した。それは、単に容姿が整っているだけでなく、内面から溢れ出る魅力、そして、自らの欲望を肯定し、それを追求する強さを持った女性のことなのだと。

私の日常は、もはや霞んではいなかった。それは、鮮やかな色彩で彩られた、私だけの世界だった。夫との関係は、以前のままだったかもしれない。しかし、私の心は、もう夫に依存してはいなかった。私は、自分自身の欲望を満たし、自分自身を輝かせることができるようになったのだ。

この物語の結末は、まだ見えていない。しかし、私はこの新たな自分を、そして、この燃えるような欲望を、大切にしていきたい。なぜなら、それは、私が自分自身を取り戻すための、最初の一歩なのだから。