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三十五歳の夏。再び、あのスタジオの扉が開いた。受付の女性は、私の顔を見るなり小さくため息をついた。あの時と同じ、薄っすらと嫌悪を込めた表情だ。私は小さく会釈し、受付に置かれた名札を拾う。名札には「参加者37番」と記されている。前回と同じ、あの「足臭測定実験」だ。

前回、私は惨敗した。いや、惨敗どころか、実験を中断させるほどの“大惨事”を引き起こしたのだ。身長160cm、体重48kg、足は23.5cm。華奢な体型とは裏腹に、私の汗腺は異常に発達していたらしい。実験開始からわずか30分で、スタジオは耐え難い悪臭に包まれた。参加者たちは顔をしかめ、スタッフは次々と換気を試みたが、効果は薄かった。私の足元から立ち上る、強烈なアンモニア臭は、周囲を覆いつくす猛毒ガスのように広がっていった。

実験で使用されたボードには、私の足跡がくっきりと残った。その深さは、まるで湿った砂浜に重い荷物を置いた跡のようだった。実験後、回収された私のコンバースのスニーカーは、中敷きが完全に雑巾と化していた。塩昆布を混ぜ込んだかのような、ドロッとした湿り気を帯びた、それはもう言葉にできないほどの状態だった。薄いタイツですら、つま先部分は強烈な臭いで染み付いていた。

その時の記憶は、今でも悪夢のように私の心を襲う。実験後、スタッフから送られたメールには、冷淡な言葉が綴られていた。「実験への参加、誠にありがとうございました。しかしながら、貴方の発汗量及び体臭は、実験の継続を不可能とするレベルでありました。再検討の上、後日改めてご連絡させていただきます」。再検討？連絡？まさか、再びこの地獄に舞い戻るとは、あの時は思わなかった。

しかし、彼らは連絡してきた。高額な報酬と引き換えに、再び参加するよう依頼があったのだ。断る理由はない。生活費を稼ぐには、この方法しかない。

今回は、万全の対策を立ててきた。まず、靴は新しいコンバースではなく、通気性の良い革靴を選んだ。中敷きは、活性炭入りの高機能なものだ。足の裏には、制汗スプレーと消臭パウダーを惜しみなく使用した。タイツも、吸汗速乾性に優れた高機能タイプにした。下着は、抗菌防臭効果のあるものを着用した。さらに、念には念を入れ、全身を徹底的に洗浄し、強い香りのボディソープで洗い流した。

スタジオに入った時、受付の女性は、前回とは明らかに違う反応を示した。驚きと、少しの警戒が混ざったような表情だった。もしかしたら、私の対策が効いたのかもしれない。

実験は、前回と同じように始まった。しかし、今回は違う。少なくとも、今のところは。30分経っても、スタジオに異臭は漂ってこない。私は自分の足元を気にしながら、汗ばむ額を拭う。果たして、私の努力は報われるのだろうか？

1時間。2時間。実験は順調に進んでいる。前回とは比べ物にならない。しかし、安心はできない。私の汗腺は、まるで眠れる獅子のようなものだ。いつ爆発するか分からない、その不安が私を苛む。

3時間目、私の足の裏からじんわりと汗が滲み始めた。そして、微かな臭いが立ち上る。まだ、前回のような強烈なものではない。しかし、確実に臭いは強まっている。

私は、必死に平静を装う。息を止め、身体を硬直させ、汗をかかないように努力する。だが、人間の限界というものがある。4時間目、ついに我慢の限界に達した。私の身体は、汗でびっしょり濡れていた。そして、あの忌まわしい臭いが、再びスタジオに充満し始めたのだ。

スタッフは慌てて換気を始めた。参加者たちは、再び顔をしかめる。私は、再び、地獄の底に突き落とされたような感覚に襲われた。

実験は、再び中断された。受付の女性は、私に冷たい視線を送る。私は、何も言えず、ただうつむいていた。再び、あの冷淡なメールが届くのだろう。再検討の上、改めて連絡するとか。そんな言葉は、もう二度と聞きたくない。私は、ただ、静かにこのスタジオを後にした。35歳の夏、私の壮絶な臭いとの闘いは、またしても敗北に終わったのだ。