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## 消せない夏の日

**第一章　侵入者**

夕焼けが空を朱に染める頃、買い物袋を両手に提げて、私は自宅の玄関ドアの鍵を開けた。夏の夕暮れは、蝉の鳴き声とアスファルトから立ち昇る熱気に満ちていた。鍵を差し込み、ゆっくりとドアを開けた瞬間、背後から強い衝撃が襲ってきた。

「ギャッ！」

叫び声は喉の奥で詰まった。男の腕が私の口を覆い、窒息しそうな圧力で言葉を奪われた。体全体が男の体重で押さえつけられ、抵抗する隙もない。男は私の体を玄関の壁に押し付け、鋭い視線で私を見下ろした。

「騒がないで。大人しくしていれば、怪我はさせない」

男の声は低く、耳元で響くその声は冷酷で、恐怖を全身に突き刺した。男の顔は薄暗く、はっきりとは見えなかったが、背丈が高く、がっしりとした体格であることは感じられた。私は必死に抵抗しようと手足をばたつかせたが、男の力は私の想像をはるかに超えていた。

男は素早く私の両手を背中で縛り上げ、さらに口をガムテープで塞いだ。視界は制限され、耳には心臓が激しく鼓動する音が響き渡る。恐怖が、全身を麻痺させていく。

しばらくして、男は私のバッグを漁り始めた。現金やクレジットカードを奪っていくのが聞こえた。そして、最後に、男は私の携帯電話を取り上げた。もう、助けを呼ぶことはできない。

男は、私の抵抗が弱まったのを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。そして、玄関のドアを閉め、静かに去っていった。

私は、壁にへばりついたまま、しばらくの間、何もできなかった。動揺と恐怖が、私を完全に支配していた。やっとの思いで、縛られた手足を解き、ガムテープをはがした。息苦しさ、恐怖、そして、怒りが一気に押し寄せた。

私は、震える手で110番通報した。警察官が到着するまでの時間は、永遠のように長く感じた。


**第二章　スイカとシャツ**

数日後、配管工事が予定されていた。息子、健太の同級生だという若い男、翔太が来ることになっていた。健太とは違い、翔太は体格が良く、逞しい印象の青年だった。

作業中は、翔太は黙々と作業を進め、時折、的確な指示をくれた。その仕事ぶりは、まるでプロの職人そのものだった。作業が終わり、翔太は喉を潤したいと、冷蔵庫から冷たい水を飲んだ。

「暑い中、ありがとうございます」と、私は彼に感謝の言葉を述べた。すると、翔太は少し照れくさそうに笑って、「いえいえ、こちらこそ」と答えた。

私は、夏らしいおもてなしをしようと、冷蔵庫にあったスイカを切った。大きなスイカを二人で分け合い、甘くて涼しいスイカの味は、先日の恐怖を忘れさせてくれる程、清々しかった。

翔太はスイカを食べ終えると、「着替えのシャツを忘れてしまったんです」と、困った様子で言った。汗でびしょ濡れのシャツは、見ているだけでも暑苦しかった。

私は、息子の着替えを物色し、少し大きめのシャツを見つけた。「これなら大丈夫かな？」と尋ねると、翔太は笑顔で「ありがとうございます！」と受け取った。

翔太は、そのシャツを着替えてから、再び仕事に取り掛かった。作業が終わると、丁寧にお辞儀をして、去っていった。

翔太の姿を見送っていると、私は不思議な気持ちになった。侵入者の男の冷酷な顔と、翔太の爽やかな笑顔。まるで対照的な二人。  しかし、翔太のたくましい体格は、先日の恐怖を呼び覚ますものがあった。

警察からの連絡はまだなかった。犯人は未だ捕まっていない。私は、夜になると玄関の鍵を何度も確認し、寝付けない日が続いていた。

翔太は、偶然にも、あの日、侵入者と似たような体格をしていた。それは、単なる偶然なのだろうか？それとも、何か繋がりがあるのだろうか？私の頭の中には、疑問と不安が渦巻いていた。  その疑問は、消えない夏の日のように、私の心に重くのしかかり続けていた。  もしかしたら、警察の捜査に協力するべきなのかもしれない。  しかし、翔太は、本当にただの健太の同級生なのだろうか？  その答えは、まだ、私の目の前にはなかった。  そして、消えない夏の日の不安は、明日もまた、私を襲うだろう。